オピニオン  
 
英雄と暴君
 
   米国人作家のフィリップ・ロス氏が亡くなった。85歳だった。村上春樹氏同様、常にノーベル文学賞の最有力候補に挙げられながら、ついに受賞は叶わなかった。その村上春樹氏いわく、作風は「トゥー・マッチ」、つまり「過剰」な表現が持ち味だった。そのせいもあってか、好き嫌いの分かれる作家ではあったが、73年発表の「素晴らしいアメリカ野球」は文句なしに面白い。主人公のギル・ガメッシュは、架空のプロ野球リーグである愛国リーグナンバーワンの剛腕投手だが、態度は傲慢で、審判すら手に負えない。しかしひとり、この悪たれ投手にも毅然と振る舞う審判がいた。ギルはこの審判の判定がいつも気に喰わない。不満が募る。やがて、その鬱積した怒りが頂点に達した時、彼の脳裏に殺意が閃く。何と審判の喉元を狙って剛速球を投げ込むのである。競技の名を借りた犯罪行為。当然、彼は野球界から追放される。
 小説とはいえ、あまりに破天荒な展開に思わず息を呑んだものだが、まさか小説もかくやの出来事が現実のスポーツ界で起きるとは思わなかった。日大アメフト部員による故意の反則行為だ。監督は指示を否定したものの、その言い分は認められず、永久追放処分となった。昨年、母校を27年ぶりの大学選手権優勝に導き「英雄」だったはずの監督は、いまや「暴君」としての素顔を容赦なく暴き立てられる。
 ところで、前述の「素晴らしいアメリカ野球」の主人公の名前は、古代メソポタミア神話に登場する王に由来する。ギルガメッシュ王は古代オリエント最大の英雄であると同時に、民からは暴君として恐れられていたという。ひとりの人間(神)のうちに同居する英傑と凶暴。日大アメフト部監督だけではない。恐らく、「英雄」と「暴君」はいつも紙一重、隣り合わせなのだろう。英雄的行為も、一歩間違えれば無謀な暴挙となり、逆に無謀と思われた行為が、後に英雄的と評されることだってあり得る。国であれ、スポーツチームであれ、そして企業であれ、長たるもの、厳に心しておくべき、であろう。

(2018年6月8日掲載)
前後のオピニオン
次世代ヘルスケア・システム
(2018年6月15日掲載)
◆英雄と暴君
(2018年6月8日掲載)
認知症
(2018年6月1日掲載)