メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
冠動脈狭窄に自己融解器具
 
   天皇陛下の心臓手術が無事終了し、その後の経過も順調で大慶至極である。
 狭心症の治療は、狭窄部位の様子をはじめとしてさまざまな条件を総合的に勘案し、いくつもの選択肢の中から最善と思われる様式のもの1つに絞られ実行される。
 陛下の狭心症は狭窄部位が血管の分岐点に近い事情等があって、しかも神の手或いは職人の手とも称される名医にも恵まれ、心臓を動かしたままメスをふるえるオフポンプ方式下の冠動脈バイパス手術が選ばれた。
 一方、狭心症の有力な術式として、他に冠動脈狭窄部を拡張・支持する器具「冠動脈ステント」を用いる様式が有名でよく利用される。当初は、金属の網状の筒からスタートしたものだが、最近は材質面で大変進化を果たし注目を浴びている。
 この方式は10数年前初めて考案されたものだが、当初は“再狭窄”が2割近くも発生したりしてなかなか克服できずにいた。
 過剰増殖する新生内膜が再狭窄の悪さにつながっていたのだ。
 そんな中「薬剤溶出性ステント」が開発され新境地を拓いた。細胞増殖抑制効果のある薬剤をステント表面に付着させ、長時間作用させることに成功、世界的爆発的な普及を果たした。
 この後も改良が加えられ、薬剤溶出性ステントはかなり成熟したレベルまで到達している。だがなかなか満足しないのが近代医学研究の宿命。今後期待されている姿が「生体吸収性プラットフォーム」と言われる優れもの。
 手術後の体内吸収系成分・ポリ乳酸を素材とする溶出性自己融解型のものが鋭意研究中である。いよいよこうなると、これまで使用されていた“ステント”という金属を意味する名前が消えざるをえない。
 既に数年で溶出・消失してしまう夢のような医療用具が開発されており、実際、臨床にも応用され、かなり良好なテスト結果が得られている。
 手工業の得意な日本人特有の職人業をベースとした手術力と併せ、優れた医療器具が次々と開発されるのは大変心強く、まさに鬼に金棒である。

(2012年3月16日掲載)
前後の医言放大
人間は笑うことが特権
(2012年4月6日掲載)
◆冠動脈狭窄に自己融解器具
(2012年3月16日掲載)
低線量被曝に対する防御力
(2012年3月9日掲載)