メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
当直明けは酔いどれ診察
 
   若い医者に診てもらうには、それ相当の覚悟がいる。経験の薄さからくる診断・治療技術の未熟さが、まず心配の第一であるが、それよりも何よりも“過労”からくる医療ミスが大変気にかかるのである。
 「研修医激務、週90時間以上労働」
 年初の新聞に、研修医の労働環境のひどさが大きく取り上げられていた。一昨年、労働緩和の新制度が施行され、その心配も相当薄れたと思いきや、まるで改善されていない。
 週平均の労働時間が74時間とあったが、週5日の勤務とすれば、1日約15時間労働ということ。その上、研修医の15%、7人に1人が週90時間以上の激務と聞いては瞬間息が詰まる。
 この週90時間労働というのは、実は人間が大きく体調を崩す分岐点になるということで、こうした悪環境に身を置いた研修医は、しばらくすると“うつ症状”や“疲弊感”を強く訴えるようになるという。
 医者の卵の忙しさはアメリカでも同じ。勉学に追いまくられる医学生の4人に1人が、なんとうつ病状態にあるということだ。更に問題を深刻にしているのは、こうした苦況に陥った医学生のうち、4人に1人しか治療を受けていないという野放し状態にあること。
 精神的苦悩状態に翻弄され、自らの健康問題を適正に処理できないようでは医学生としてどうか、将来、他人の身体・精神に対して適切な医療活動をすすめられるかどうか、はなはだ疑問である。
 研修医の過剰労働が、如何に医療技術能力を低下させてしまうか、当直明け時点の低下した能力と、通常の日勤後に結構な量の飲酒した場合の能力とを比較したユニークな実験がある。  集中力の持続性、覚醒度、そして運転操作能力について比較しているが、当直後の能力は、平時に結構な量の飲酒をした時の能力にほぼ匹敵するという結果がでた。
 なお、この時の血中アルコール濃度は4mg/mlであり、現行の酒気帯び運転の規制値0.3mg/mlの約10倍以上に相当する。まさに当直後は相当な大酩酊状態、大変な機能障害が発生しても少しもおかしくない状況にあることが判明したのである。
 そこで思いだしたのは現役サラリーマンの頃のはなし。大変親しくなった地方病院の中堅外科医が、早朝、交差点で大交通事故を起こしてしまった。まさに、当直による大酩酊的運転によるものだった。
 過労状態にあり、適正な判断力に欠けた医師に診てもらうことが、如何に危険極まりないものか。患者は医師の体調をよく見極めなくてはならない。ヤレヤレ。

(2006年3月17日掲載)
前後の医言放大
コーヒーブレイク
(2006年3月31日掲載)
◆当直明けは酔いどれ診察
(2006年3月17日掲載)
危機意識に欠ける性行動
(2006年2月24日掲載)