メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
宇宙飛行士はからだボロボロ
 
   宇宙飛行士が立派に役目を果たし、地球に帰還した時は、全員が糖尿病に罹っている。原因はズバリ運動不足。食事はきちんと摂っているものの、無重力状態で筋肉の活動する余地がないから筋力はみるみる落ちこむ。
 日本人初の女性飛行士・向井千秋女史の場合、1日1%の筋肉減少が14日間続き、トータル14%減。減らすのは簡単だったが、その回復には半年間もかかったという。
 これが長期の宇宙ステーション滞在となると、俄然深刻さが増す。まずは血液循環のトラブル。重力に逆らって脳に血液を送りこむための血圧調整機能が狂いだす。顔はむくみ、頭は重く、鼻が詰まる。こうした状態が延々と続き、いよいよ地球に帰還となると、突然の重力変動により意識消失という事態が起こっても少しもおかしくはない。
 また、極めて重要な影響を与える個所として、平衡感覚を司る前庭神経系があり、これを混乱におとしめる。典型的な症状としては「宇宙酔い」と呼ばれる一種の動揺病が知られている。それほどひどくない時でも、錯覚とか誤作動とかの問題を起こす危険性が極めて大きいことが明らかにされている。そして帰還時は、今度は『地球酔い』という症状を起こすことになり、華やかな活躍の陰に大変な苦労を味わっていることを我々は知るのである。
 更に、宇宙に長時間いることで、民間のベテラン機長に於いても問題になっている宇宙放射線被爆の影響もある。地上で日常的に放射線作業に従事している人よりも多く、生体への悪影響が危惧される。つまり、発癌等について慎重に監視しなればならない。
 また、宇宙ステーションでは少人数で長時間共同生活するわけだから、プライバシーは保ちにくいし、ストレスはかなり高まりやすく、精神的管理がかなり難しくなる。
 宇宙への関心は日増しに高まっているが、女性の場合では妊娠、出産への影響もあることだし、慎重な行動が必要とされる。
 宇宙ばかりが特殊というわけではない。この地球上でも似たような不健康な生活をしている人が数多くいる。うまいものをたらふく食って、ろくすっぽ働かないといった輩がゴロゴロ。
 結果、世界の肥満人口はなんと12億人。皮肉なことに、毎日ひもじい思いをしている飢餓状態の人が、偶然その数だけいる。
 飽食と車社会生活の耽溺が、肥満症、糖尿病、高脂血症、高血圧症といった「死の四重奏」を生みだしている。我々は、何も宇宙等といった過酷な環境に暮しているわけではない。ちょっとだけ自分をみつめ直し、生活の歯車を少しだけ調整する。それだけで正常な身心に戻りうることを一日も早く気付かなければならない。

(2006年4月14日掲載)
前後の医言放大
痴呆と虐待の密なる関係
(2006年4月28日掲載)
◆宇宙飛行士はからだボロボロ
(2006年4月14日掲載)
コーヒーブレイク
(2006年3月31日掲載)