オピニオン

五輪の意義

 7月24日は、本来ならば「東京2020オリンピック」の開会式が、新国立競技場で開催されているはずだった。しかし新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の影響で、来年2021年に延期になり、現状では開催できるのかも疑問視されている。
 振り返ってみると、当初は予算7千億円で「世界一コンパクトな大会」を自負していたにもかかわらず、すでに1兆3500億円の費用が計上されている。そこに、施設利用料延長や人件費の確保など、数千億円とも言われる追加経費も上乗せされる。国際オリンピック委員会(IOC)は数百億円規模を拠出する意向だが、足りない分は主に都が賄う。しかしコロナ対策で、約9千億円あった都の貯金「財政調整基金」は約9割減少。しかも都の感染者数は増え続けており、今後もコロナ対策に巨額の費用が掛かる。大会簡素化についても議論となっているが、そうなれば日本側に丸々入る総額約900億円のチケット収入も減少することだろう。足りない分は結局、国が補填することになるのではないか。
 本当に東京五輪が開催されると、心の底から思える人はどれほどいるのだろうか。アメリカ、ブラジル、インドなど世界各地で、感染者は急増している。コロナ禍の猛威は続く。このような状況だからこそ今一度、巨大な利権ビジネスと化した五輪の意義を問うべきだと思う。本来五輪は「平和の祭典」だったはずだ。しかしその理念は感じられず、だからといって「アスリートファースト」かというと、そうではないように思える。コロナにより東京五輪の実施が不透明になったことは残念だが、これを機に五輪の意義について再考する必要があるのではないか。



(2020年7月31日掲載)



前後のオピニオン

奇妙だった2人の光景
(2020年8月21日掲載)
◆五輪の意義
(2020年7月31日掲載)
緊張のゆくえ
(2020年7月24日掲載)