メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
認知症と自動車運転
 
   今世紀に入って14年、幸い交通事故死は減少し続けている。だが、75歳以上の運転による死亡事故に限ると、その割合は年々高まっている。問題視されるのは、その中の3割に記憶力や判断力といった運転に欠かせない認知機能の低下が見られることだ。
 ときたまその奇妙さが報道される高速道路逆走もその代表例だが、14年の1年間で224件発生し、うち27件が認知症であった。
 10年にこの統計を始めて以来、認知症の割合が初めて1割を突破、警視庁は急遽道路交通法の改正を進めることとした。
 昔は危険運転をするのは1姫(女性)2トラ(トラック)と呼ばれたが、高齢社会の今では1ボケ(認知症ドライバー)が目の敵だ。
 改正案の骨子としては、免許更新時に加え、違反時にも認知機能を調べ、機能低下が大きい場合は医師の診断を義務付け、認知症が確定すると、免許を取り消す厳しい方針だ。
 ただ、診断側の日本精神神経学会は、これに「大きな驚きと疑問を禁じ得ない」と猛反発、「改正試案は拙速だ」として意見書を提出した。
 内容の一部として「人身事故全般でみると、75歳以上の高齢者によるよりも、10代20代の若者による方が事故率は高い」などと批判する。
 さらに「認知症の恐れがあると判断した者にいきなり病名を付けることは、運転する権利を制限することになりかねない」と続く。
 実際的な危惧として、軽症で「大丈夫でしょう」と診断書を書き、もし事故を起こしたら医師が批判される。その影響で認知症患者が急増することになりはしないか。その場合、患者と医師の信頼関係が破壊的になると憂慮する。さらに、正確に診断するにはPETやMRIなどの実施で高額な費用が派生、これを自費徴収することに問題はないかと指摘する。
 こうして、難しい判断を丸投げされた形に学会側は憤りを隠せない。
 そもそも危険度の薄い田舎の高齢者の免許証を、情け容赦なく取り上げるようではあまりにも問題が大きい。毎日の生活に車が不可欠な地域は極めて多い。グレーゾーン程度の人なら買い物、通院の類なら問題ないだろう。
 ところで、自動車王国欧米各国の実情はどうであろうか。認知症の診断はドクターに任されていて、その運用ガイドラインは、患者の運転危険度を見るのに、臨床的認知症尺度(CDR)を推奨している。
 CDR2(中等度)、CDR3(重度)となるとさすがに運転中止とされるが、CDR1(経度)では、一応中止を勧告される程度。
 こうした症状の段階に応じた規制の違いがあってもよいのでは。 

(2015年6月19日掲載)
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(2015年7月10日掲載)
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(2015年6月19日掲載)
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