メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
全治・完治・寛解・治癒
 
   今、世界経済は、百年に1度とも言われるほど大変な同時不況、金融危機に陥っている。
 当然、日本経済とてたて直しに懸命な努力をしているが、果たして、08年に時の麻生首相が示した「全治3年」という基本認識で立ち直れるかどうか、既に不可能という答えは出てしまっているようだ。
 この未曽有の大不況により、医療界でも大幅な「受診抑制」が起きることは目に見えている。医療機関の経営は厳しさを増し、我々市民にとっても悪影響が及ぶことは必須だ。
 さて、元首相の用いた「全治」は、本来は医学用語であるが、一般社会でも頻繁に使用されている。
 全治と並んで紛らわしい言葉に「完治」があるが、全治はあくまでも“治療を要する期間のこと”であり、完治が“完全に元の体に戻った状態”を意味することとは明らかに異なる。例えば、骨折の場合。「全治3か月」の治療経過のあと、リハビリがあって元の日常生活に完全復帰してこそ完治があるのだ。
 全治・完治それぞれの表現は誤解を受けやすいとの問題もあって、診断書には「3か月の加療を要する見込み」などと、具体的に記入されることが多い。
 ケガなどの場合はともかく、生活習慣病の場合は、生活改善により検査数値等が例え基準値内に戻ったとはいえ、いつ再発するか不安定なため、全治・完治の表現は用いず、通常は「治癒」という表現が用いられる。
 例えば、「心筋梗塞」の治療でうまく心機能が改善されたとしても、部分的に心筋壊死、そして収縮障害が生じれば、それは完治とはいえないのである。完治ではないけれども、社会的に不自由がなくなった、ということで「社会的治癒」といったりする。
 このように、基本的には急性疾患、慢性疾患の違いにより、治癒後の区切りを言い分けているが、最近の医学の進化は目ざましく、例え慢性疾患であっても、スカッと完治させてしまう可能性が一部の疾患にひらけてきている。これまでせいぜい「寛解」という表現にとどめるしかなかった糖尿病の治癒過程で、最近では、「膵β細胞数を増加させる」という根本的な治療法の道筋が見えてきた。膵機能が再生されるとなれば、これはもう「完治」といってもかまわないのだ。
 今や泥沼の慢性疾患状態の経済界については、完治まではのぞまない。とりあえず寛解で十分であるから、そこまでなんとか頑張って欲しいものである。

(2011年5月6日掲載)
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