メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
近未来の医療・再生医療
 
   近未来の医療として、大いなる期待がかけられている再生医療の研究に、思わぬ暗雲がかかってしまった。ノーベル賞に最も近い英雄として、韓国国民の期待を一身に集めていたソウル大学黄教授の“史上最悪の醜聞”と云われる突然の挫折に、夢の再生研究は大幅な足踏みを余儀なくされることとなった。
 再生医療の切り札とされる胚性幹(ES)細胞は、別名「万能細胞」とも呼ばれ、心臓であろうと骨であろうと、そして神経であろうと、何でも可でも人体の臓器、組織なら成り得る能力をもつ。例え微かな作成事例とはいえ、それを明確に明言し、論文としても公表したうそは、世界にはかりしれないショックを与えることとなった。
 世界的な科学誌「サイエンス」に最近3本も論文を掲載し、まさに世界をリードしてきた立場にあったから、このねつ造事件によりざっと2年間のタイムスリップを生じたと考えられ、誠に残念の極みである。
 とは云え、再生研究のわずかな隙間で一部臨床段階に進んでいるものがあり、少しは元気づけられる。それも、日本で初めて開発された製剤であり、つまり再生医療技術の臨床応用第一号ということで、日本の再生研究も満更ではないことが解る。
 突破口を開いた、この名誉ある製剤は、皮膚の再生を促す治療薬である。やけどや皮膚潰瘍、床ずれなどに、既に5年も前から有効活用されている。
 寝たきりの高齢者や熱傷の患者に、看護師がそのスプレー製剤を吹きかけているのを、我々はことによったらどこかで目撃しているかも知れない。
 皮膚損傷は、ごく軽度のものであれば、自らの再生能力により跡形も無く自然治癒してくれるものである。だか、表皮だけにとどまらず、真皮や皮下組織にまで損傷が及ぶと、自らの再生能力に期待することは無理。この苦境を1日1回スプレーするだけで迅速に、かつきれいに治療できる再生医療は極めて魅力的であり存在価値が大きい。
 更に進んで、今では皮膚という平面部分のみでなく、指という立体部分の再生へと研究目標が定められている。工場の作業事故により失われた指先等の立体的な皮膚組織の再生も、既に治療現場では精力的に取り組まれている。
 また、骨再生や複雑な組織をもつ歯周組織等に対しても、既に臨床試験段階にまで進んでいて心強い。とは云え、現在用いられている技術は、いわゆる万能細胞であるES細胞を使用しているわけではない。
 本格的な再生医療研究は、あくまでも世界中の学者が一斉にスタートラインに集結した状況にあるといってよい。

(2006年5月19日掲載)
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(2006年6月16日掲載)
◆近未来の医療・再生医療
(2006年5月19日掲載)
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(2006年5月12日掲載)