メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
安静が最善ではない
 
   「手術した翌日、もう歩かされてびっくりした」
 TV界の申し子、みのもんた氏が、無事に腰痛から解放され、また元の忙しさに戻った。
 人が、時には病気やケガで苦痛を訴えることは、生ある限り無縁でいられるとは云い切れない。齢を重ねれば当然で、からだに対する不平、不満はますます募る。
 そんな数ある自覚症状の中で最も多いもの、それは“腰痛”である。厚労省いうところの“症状別有訴者率”では、腰痛が成人1,000人対比で96%と堂々第1位。高齢者となるとその割合ははね上がり193%、つまりは約5人に1人が、日常的に“腰が痛くて”と訴えていることになる。
 みの氏はさすがTV界1番の売れっ子、その実態を身をもって示してくれた。特に、リハビリ開始の超特急ぶりを伝える情報提供は世間より大変注目を浴びることとなった。
 外科手術後の患者取扱いの変貌ぶりは、実に劇的だ。“すぐ動くのは傷口によくない”などと云って、“術後は絶対安静”がついこの間までの医学常識であった。それが今では術直後から“どこまで運動可能か”とすきあらばまだ痛みを訴える状態でさえ、少しでも早く動かそうと試みる。
 こうした医療の変化は外科領域ばかりに留まらない。心臓疾患や肝臓疾患でさえ、その対象として臨床研究され、幸い狙った通りの成果が得られている。
 絶対安静という指導は、急性期とか超重症の肝硬変のようなごく限られたケースのみに当てはまるもの。通常では、安静はかえって筋肉の萎縮をきたし、糖代謝やアンモニア代謝という肝機能の補完作用ができないという欠点のあることが解ってきた。
 適当な運動は肝血流を増やすことが判明、昔の安静神話がここに完全に崩壊することとなったのである。
 肝炎の治療法について、更に大きな特徴と云えば、食事療法の激変ぶり。シジミや牛レバーなどに代表される鉄分に富んだものがこれまでは推奨されてきたが、かえってこれらは肝臓を悪化させることが判明。鉄を過剰に取り入れると、肝細胞膜が錆びてしまうと批難されるはめに陥っている。
 今でも鉄分の多いウコン、クロレラ、アガリスクなどの健康食品を金科玉条の如く思って愛用を続ける慢性肝炎、肝硬変の患者が少なくなく、彼らをどう救えばよいのであろうか。
 時の変化が進化を生むのは当然、医学の進歩も恐ろしいほどで、これまでの常識を次々と塗り変えてゆく。

(2006年5月12日掲載)
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(2006年5月19日掲載)
◆安静が最善ではない
(2006年5月12日掲載)
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(2006年4月28日掲載)