メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
創傷治療法の遅すぎる普及
 
   精力的な医学研究の結果がすばらしい新発見・新発明につながり、次々と論文化され公表されている。
 だからといって、この折角の成果でも、現場の医療に広く実践的に応用されていくのは実にノンビリとしたもの。費用的に格別問題のない新手法で、これならアッというまに広まるに違いない、と思われるものでもそう簡単にはいかないのだ。
 今までの医療行為がはっきりまちがっていたと断定されたとしても、なかなか新手法に移行、普及していかない。早期にその情報を公表し、或いはそれにたずさわったオピニオンリーダーはどれほど歯がゆい思いをしていることであろうか。
 今回特に取り上げた、その代表的な医療行為は“創傷治療”のあり方。「消毒して乾燥させる」昔ながらの誤った治療方法が、あいもかわらず世界中で横行している。
 もう既に50年以上も前に「創傷治療には乾燥でなく湿潤状態の方がよい」と指摘され、更にその後、20年以上も前に「消毒薬に組織障害性のあること」が、世界中に広く公表されている、というのに。実際に、この間治療環境作りによい創傷被覆材が開発され販売もされている。
 だが、この新医学知識が現場医療の間に広まっているかというと、まるでどこ吹く風。馬耳東風とはこのことかと思われるほど実践化にはほど遠い。
 特に驚くのは「アメリカ熱傷学会」の現行ガイドラインが、未だに「消毒して乾燥させる」と旧態依然なこと。かつて世界最先端医療と崇められリーダ的存在であった組織が、いまや砂上の楼閣にすぎないものと化してしまった。
 創傷に対する湿潤治療は、諸外国で数多く発表され高評価を得ている一方、国内でも早くから独立的に精力的に取り組んでいる医師(夏井睦氏)が居て実に頼もしい。
 氏は、湿潤治療は、基礎科学(化学、物理学、生物学、細菌学等)の真理をベースにゼロから構築した治療体系であると主張し、その独自性が十分伺える実践家である。
 アメリカで湿潤療法が未だに一般化していないからといって、日本医療は何も遠慮することはない。今はやりのエビデンスからいっても、世界をリードするつもりで田舎のすみずみにまで新療法が実践化されることを期待したい。

(2011年6月17日掲載)
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