メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
脳画像は全てお見通し
 
   返せる限度額をはるかに越えてまで借金を続けていれば、いずれ破綻するのは必定。こうして自己破産してしまう人が後を絶たないのは何故か。こんな理屈に合わないことになぜ大の大人が歯止めをかけられないのか。
 この理性なき成り立ちは、従来の“経済学”をもってしてはまるで歯がたたない。かわりに、なんと医学的側面から解き明かそうとする試みがある。
 現在、診断に当たって最大の強みを発揮しているのがMRIだが、その脳画像から不可解行動の背景、神秘の深層心理をえぐり出そうとするものである。名付けて「神経経済学」。
 目先のことと、将来のこととでは考える脳の部位が異なる。計画性がなく楽天的で、目先の楽しみを優先してしまう度合の強い人は、それなりに脳部位で選別でき、当然の如く借金返済を先延ばししてしまう傾向が強くでるという。
 我々の心の中には、だれでもイジメの気持が大なり小なりあるものだが、時には自分に全く利益がないと解っていながら、一方的にイジメを繰り返す困った輩のいることが知られている。残念ながら、このイジ悪行動は日本人に比較的多く、アメリカ人よりはるかに目立って見られるという。
 こんな疑問にもMRIは大きなヒントを与えてくれる。
 MRIは本来、患部そのものを捜しだす最新診断機器であるが、からだのどこかが痛い時、その人の脳の特定部位が活性化することをつきとめている。その脳画像は疼痛の程度に応じて、その違いを判別することができる。患者は、その画像を見ながら、自らの意思を強くコントロールする訓練を積むことで、疼痛を軽減させることが可能となる。例えば背中が痛い時には、「コビトが背中で痛みを握り出してくれている」と考えたり、或いはまるで別世界に思いをはせ「雪の結晶を想像」したりすることで、自身の脳をコントロールするのである。痛みの大小を直接目で観察しながら、積極的に自己管理するというのだから、極めて能動的ではある。
 心頭滅却すれば火もまた涼し、こんな修道僧みたいなことは一般の人にはなかなか難しい。とはいえ痛みがでてきた時に、いきなり鎮痛剤というのも……。そんな時、手軽に痛みを目でとらえてコントロールする手段があれば、薬剤依存の副作用を心配することもなくなるのだが。
 理不尽な自己破産や残忍な虐待事件等、不可解な社会困乱が続くが、MRIをはじめとする最先端医療機器の開発研究が、医療だけにとどまらず、経済やら家族やら異文化社会にも活用され、その鎮静化に役立ってくれればたいへんありがたい。

(2006年10月27日掲載)
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(2006年11月6日掲載)
◆脳画像は全てお見通し
(2006年10月27日掲載)
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(2006年10月13日掲載)