メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
酸素のちから
 
   「エッもう!」
 サッカー界の寵児ベッカムが突然足を骨折。当人もファンも瞬間がっくり、「アーこれでしばらくは無理か――」と思ったのも束の間、超早期復活を遂げ、その雄姿をグラウンドで見せつけられた時には超ビックリ。喜びもさることながらしばしアッケにとられたものだ。
 その超魔術のタネは、最新医療「高気圧酸素療法」にあった。
 酸素療法と聞けば、スポーツ好きの方ならすぐ、昨年夏甲子園で一躍人気者になったハンカチ王子・斉藤投手を思いだすはず。連投につぐ連投で全国優勝をもぎ取ったその驚異的回復力の影に“酸素”の存在があったことを彼は悪びれず公表した。
 「なんだそうか、科学の手助けがあったのか」と、チョット拍子抜けしたことは事実。かわりに、惜しくも敗れ散った田中投手には少なからず同情心が沸いたものだ。
 一口に酸素療法といっても、斉藤投手とベッカムのケースでは、その内容、目的等はまるで違う。片方は、あくまでも庶民レベルで利用可能な疲労回復用健康器具にすぎないが、もう一方は、医療機関に設置された治療機器。脳浮腫や心筋梗塞、突発性難聴等を健康保険で治療する。なお、スポーツ選手によく利用される骨折、捻挫等には現在、保険は不適用で自費扱いとなっている。それでも、プロ野球やJリーグなどの一流プレーヤーにとっては、肉離れや靭帯損傷等の治療も含めて治りが極めてよく、超早期復帰が図れるため利用度がすこぶる高い。
 なぜ治りが早いか、そのメカニズムはこうだ。
 けがや炎症でハレの出た患部は血管が詰まり酸素不足に陥る。そこへ十分な酸素が送り込まれることで、組織がみるみる正常化し、ハレが収まるという寸法である。
 通常、我々は一気圧の大気圏で20%の酸素を吸い生活しているが、この治療では、2~2.8倍の高気圧で純度100%の酸素を吸い込む。
 血液の酸素運搬は、通常ヘモグロビンしか関与していないが、この治療では血液全体に酸素が溶け込み患部に送られる。その酸素濃度たるや通常の10数倍に達するという。
 通常1回2時間の吸い込み治療により、足関節重症例では、平均22mlの容積が減少するとの成績が得られている。ハレが引けば、それによる疼痛がおさまるのは言うまでもない。
 ところで、市販の健康器具の方は、1.3気圧と低く、純酸素吸入もないため純酸素量は格段に少ない。リラックス効果、多少の回復効果の範畴は超えられないようである。
 それにしても、医学の使命は、ただ治すだけではなく、いかに早く治すか、という要求にも応えようとし、実際、確実に進化しているのは心強い。

(2007年1月26日掲載)
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(2007年2月12日掲載)
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(2007年1月26日掲載)
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