オピニオン

それが大事なことなんだ

 英国を中心とする欧州で、「エシカル」がビジネス用語として浸透しつつあるという。直訳すれば「倫理的な」とか「道徳上の」といった意味のこの語は、環境や社会への企業の配慮を表すときに用いられる。そういえば医療用医薬品を「エシカルドラッグ」と呼ぶ御仁も最近はめっきり減ったが、それはさておきビジネス用語としての「エシカル」が日本で定着しているかというと、そうも思えない。
 さもありなん、である。過日、とある企業説明会に参加した折に聞くともなく耳にしたアナリスト同士の雑談。「オレなんかウチでは冷房温度20度だよ」「そうですよね、会社は暑いからウチくらいはね」。一般家庭の節電15%は努力目標で罰則は科せられないことを揶揄しているのか、電気代を払うのはオレなんだからオレの勝手だろといいたいのか、はたまた仲間(だか手下)に電気はすべて太陽光発電で賄っていると自慢したかったのか。でも要するに、そういうことなのである。こういうアンチ・エシカルな発言を平然とできる人間が権威面して企業経営を云々するのが市場経済の世界であり、だから必然的に、この国(あるいは米国を中心とする経済至上主義国家)では、エシカルとビジネスは対立する概念だったのだろう。「原発に疑問を呈する人々には、非現実的な夢想家というレッテルが貼られてきた」という村上春樹氏の反原発スピーチが最近、話題になったが、エコだの何だの言っても、結局のところ少数のエシカルな人々の声は、経済至上主義者、効率至上主義者たちの「それがそんなに大事なことか?」という侮蔑を含んだ恫喝の前に掻き消されてきたのがこの国の現実。その結果、気温25度の日に、28度で冷房を入れることに何の矛盾も疑問も感じない人間を増殖させてしまった。でも、もしも、「3・11」を経たいまでも、「それが大事なことなんだ」という少数意見に耳を貸すことができないとすれば、「頑張ろうニッポン」のお題目は、ワールドカップや五輪の応援と同じ次元の、瞬間的ナショナリズムの発露に終わるのが関の山だろう。



(2011年7月8日掲載)



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