オピニオン

「すばらしい新世界」

 「すばらしい新世界」は、英国生まれの作家オルダス・ハクスリー(1894~1963)が1932年に発表したディストピア小説の傑作。26世紀の「世界国家」では、子どもには母親も父親もいない。人間は、すべて工場で生産される。「中央ロンドン孵化・条件づけセンター」と名付けられた工場で、受精卵の段階から培養壜内で育成され、成長する。壜詰めの胎児の時点であらゆる予防接種も施されるため、生涯にわたって病気にかかることはない。社会階級は胎児の段階で決定され、支配階級である「アルファ階級」と「ベータ階級」は、ひとつの受精卵からひとりの胎児が生まれるが、下位層である「ガンマ階級」「デルタ階級」「エプシロン階級」に選別された胎児は、ひとつの受精卵から最大96人が生みだされる。ひとつの受精卵から生産される一卵性多胎児は、みなほぼ同じ顔つき、特徴をもつようになる。「前はひとりしか生まれなかったところへ、96人が生まれるのだ。これすなわち進歩なり」。国家のモットーは、「共同性、同一性、安定性」。「孵化・条件づけセンター」の担当者は誇らしげに言う。「われわれはついに自然を隷属的に模倣するだけの世界を脱して、すべてを人間が創りあげていく、実に興味深い世界に入ったわけです」。
 さて、厚労省が6月に発表した調査結果によると、2024年の国内での出生数は68万6061人で、前年の72万7288人より4万1227人減少、出生率(人口千対)も、前年の6・0から5・7に低下した。また、合計特殊出生率は1・15で、前年の1・20からさらに低下、少子化に歯止めがかからないどころか、さらに進行している実態が浮き彫りになった。
 この間、政府もただ手をこまねいていたわけではない。幼児教育・保育の無償化、高校無償化、不妊治療の保険適応など、矢継ぎ早に少子化対策を打ち出してはいる。しかし、そうした施策が効果を発揮しているかといえば、現時点での答えは「ノー」。携帯電話にインターネット、さらにはAI等々、SFの世界が次々に現実化するなど科学の進歩は急速だが、「人間の工場生産」だけは実現してほしくないものだ。



(2025年7月11日掲載)



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