オピニオン
「セロトニン」
仏の作家ミシェル・ウェルベック(1956~)が2019年に発表した「セロトニン」は、「幸せホルモン」とも呼ばれる脳内物質の名が付されたタイトルとは裏腹に、鬱々とした展開をたどる。主人公は、恋愛関係の行き詰まり等を契機に、精神状態を安定させる必要から初めて精神科医にかかり、セロトニン系抗鬱剤を処方される。
「正確に言うとセロトニンは自己承認と他者承認に結びつくホルモンだが、それは腸内で分泌され、多くの生き物もこの機能を持っている。例えばアメーバなどだ。しかしアメーバにいかなる自己承認が可能なのだろう。群れの中でどんな他者承認をできるというのだろうか。次第に表れてきた結論は、医学はこういった問題に対しては整合的な論を持たず、曖昧で、抗鬱剤は、どうして効くのか分からないままに効き目を表す(または表さない)薬の一部なのだ、ということだった」このようにハナから治療に懐疑的な患者では、治療効果も限定されるというものだろう。
さて、昨年12月に公表された「うつ病診療ガイドライン(GL)2025」は、16年から9年ぶりの改定となったが、これまでの部分改定とは異なり、ほぼゼロベースから作成された初の改定版。最大の特徴は、患者と医師が病状、治療選択肢、予想される経過、リスクとベネフィットを共有しながら、治療方針を一緒に決定するアプローチを基本に据えたこと。改定GL作成の段階から医師だけではなく薬剤師や看護師、さらには患者・家族も参画したことで、患者の声が反映され、治療効果を患者と医師が共同で確認、評価しながら調整する進め方等、「共同意思決定」の考え方が打ち出された。
うつ病治療においてはこれまでも、医師任せの治療が漫然と続けられる傾向や、実際の治療効果と患者満足との間に乖離が見られるなど、いわゆる患者と医師のコミュニケーション不足などが問題として指摘されてきた。こうした現状に、「新GL」が変化をもたらすきっかけとなることが期待される。
(2026年8月28日掲載)
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