オピニオン

「我慢は美徳」というけれど

 年をとると身内の日常会話が病気の話題一色になってうんざりすることがままある。自分が年をとれば、親だって(健在である限り)前期高齢者からやがては後期高齢者へと進化していくのは必然で、頭がしっかりしているのはありがたいものの、高血圧や高コレステロールは言わずもがな、目やら膝やら身体のあらゆる部位の調子を訊ねるのが挨拶代わりみたいなものになる。昨年は父親が「脊柱管狭窄症」とやらを患った。
 以前から腰に痛みを感じてはいたらしいのだが、年寄り特有の頑固さで「医者には行かん」と整体通いで何年も誤魔化していたらしい。しかしそれもとうとう限界に達したようで症状が急激に悪化して緊急入院する破目に。それでも、治療で何とか痛みが治まると、喉元過ぎれば何とやら、「もう医者の世話にはならん」とばかり薬も治療も断ったというのだから呆れたものである。
 つい最近も降圧剤を処方されている母が「血圧が下がりすぎて調子が悪い」と訴えてきた。聞けば上が100を切ることもあるというので、すぐに主治医に相談するよう促したところ、「診療は月1回の予約制だからそれまでは我慢する」と煮え切らない。結局、無理矢理病院に行かせて処方変更してもらったが、どうも年寄りは何かと我慢が好きで困る。
 ファイザーとエーザイが慢性疼痛を抱える人を対象に実施した調査によると、「痛みがあっても我慢すべき」との回答が7割にのぼり、「痛いと簡単に他人に言うべきではない」という答えも5割以上を占めたというから、我慢強いのは年寄りだけではないのかも知れないが、果たしてこれを「美徳」といっていいものかどうか。昨年の大震災の折も、体の不調を隠して亡くなった方が被災地では数多く報告されている。我慢は手遅れにならない程度にして、自分の体が発する変調のサインには従順になるのがよい。もっとも、かすり傷程度で救急車を呼ぶような身勝手は困りものだが。



(2012年8月3日掲載)



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(2012年8月17日掲載)
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(2012年8月3日掲載)
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(2012年7月27日掲載)