オピニオン

「隠喩としての病い」

 「病気とは人生の夜の側面で、迷惑なものではあるけれども、市民たるものの義務のひとつである。この世に生まれた者は健康な人々の王国と病める人々の王国と、その両方の住民となる。人は誰しもよいほうのパスポートだけを使いたいと願うが、早晩、少なくともある期間は、好ましからざる王国の住民として登録せざるを得なくなるものである」
 米国の作家・評論家・文芸批評家のスーザン・ソンタグ(1933~2004)が1978年に発表した評論「隠喩としての病い」はそのような書き出しで始まる。自身が癌に罹患した体験を踏まえ、当時、まだ支配的であった「癌イコール死」「癌イコール悪」という「隠喩」と「神話」を解体し、それら隠喩につきまとう言葉の暴力から人を解放することを目指す試みだ。「私の言いたいのは、病気とは隠喩などではなく、したがって病気に対処するには、もっとも健康に病気になるには、隠喩がらみの病気観を一掃すること、なるたけそれに抵抗することがもっとも正しい方法であるということだ」
 乳癌および子宮癌を患い、急性骨髄性白血病で亡くなることになる著者は、同作の末尾近くで、こう予見する。「癌をめぐる言葉に将来変化が生ずることもあり得よう。この病気の正体がついにわかり、治癒率がいまよりずっと高くなれば、その言葉も決定的に変わるに違いない」そして、同書からほぼ10年後の1989年に発表された「エイズとその隠喩」では、自身が予見した通り、社会の「癌に対する態度は変わってきた」ことを報告する。と同時に、「癌の背負っていた重荷」は、「はるかに大きなアイデンティティ損傷力をもつ病気」であるエイズに押し付けられたとも指摘する。
 むろん、科学と医学の進歩により、エイズからも「致死的」という汚名は雪がれたことを我々は知っている。が、その一方で、新型コロナという新たな神話化の対象の出現を目の当たりにしたことも記憶に新しい。これからも、未知の病、正体不明の、それゆえ人の恐怖を掻き立てる病気は現れるに違いない。歴史は繰り返す。隠喩に惑わされず、病気そのものを直視することの重要性を、ソンタグの書は教えてくれる。



(2026年2月27日掲載)



前後のオピニオン

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(2026年3月6日掲載)
◆「隠喩としての病い」
(2026年2月27日掲載)
「歴史的大勝の先にあるもの」
(2026年2月20日掲載)