オピニオン
「華氏451度」
米国のSF作家レイ・ブラッドベリ(1920~2012)が1953年に発表した「華氏451度」は、ナチス・ドイツにおける焚書や当時の共産主義・全体主義国家ソビエトによる思想統制、さらには米国での赤狩り等の現象を踏まえて書かれたとされている。題名は、紙が燃え始める温度に由来しており、摂氏では約233度。本が禁止された未来社会において、発見した本を焼くことを生業とする「昇火士」なる職業の主人公の視点から描かれた物語のなかで、主人公の上司は次のようにうそぶく。
「おれは若いころ、本のなんたるかを知る必要に迫られて何冊か読んだことがあるんだが、本はなにもいってないぞ!人に教えられるようなことなんかひとつもない。信じられることなんかひとつもない。小説なんざ、しょせんこの世に存在しない人間の話だ、想像のなかだけの絵空事だ。ノンフィクションはもっとひどいぞ。どこぞの教授が別の教授をばか呼ばわりしたり、どこぞの哲学者が別の哲学者に向かってわめきちらしたり。どれもこれも、駆けずり回って星の光を消し、太陽の輝きを失わせるものばかりだ」
作者が意図した未来とは異なるかもしれないが、「紙の本」が衰退の一途をたどる現代社会を見事に予見した台詞と言えなくもない。さて、「紙の本」の衰退は、書店の減少という形で顕著に表れている。出版文化産業振興財団による24年の調査では、全国の無書店自治体の割合は約28%にのぼり、もっとも比率の高い沖縄県が56・1%となったほか、長野県54・5%、奈良県53・8%と、3県で5割を超えている。
そうした状況下、去る6月に経産省が「書店活性化プラン」なる報告書を公表した。書店をめぐる諸課題と、それに対する取り組み施策を整理し、「読書文化や文字・活字文化の振興」「地域の文化拠点たる街の書店の活性化」を図りたい意向を示す。ただ、目論見通りに運ぶかどうかは不透明。「タイパ」「コスパ」が重視される現代社会において、「紙の本」は効率性の対極にある。夏休みの読書感想文に四苦八苦した時代は遠くなりにけり、である。
(2025年9月12日掲載)
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