メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
こんな医者を主治医に
 
   内科開業医の外来診療では、腹痛、腰痛、不眠等、さまざまな身体的愁訴がなげかけられる。当然、考えられる検査が次々と実施されるが、原因が特定できないケースが結構多い。
 「医学的に説明困難な身体症状」は、専門語で「MSU」と呼ばれ、街の第一線医師は、その症例の対処に強いストレスを味わう。
 「特に異常はありません」と、通常は言わざるを得ないところだが、それでは患者はスンナリ納得してくれない。
 こんなMSUの背後には、うつ状態が潜んでいることがしばしばある。それが適切な対応となって、治療がうまく成功すると、街医者としても大変素直に喜べるものらしい。
 うつに気付いて、身体症状を劇的に改善でき、患者のはればれとした笑顔に接した時、医師はスタッフ共々「逆転ホームラン」と叫び、診察室は歓喜と感謝に包まれる。
 原因不明の身体症状に苦しむ患者の苦難を解決して、治療者として喜びを周囲の皆と分かち合えるというのは、街医者の大きな醍醐味といえよう。
 自分のことのように心から接してくれる医者、そんな医者にぜひ主治医として巡り会いたいものだ。

 一方で、一見無責任とも思えるこんな医者もいる。江戸時代のことだ。手術をするに当って、「治療結果に関して異議を申し立てない」という免責書面の提出を、事前にしっかり家族に求める、著名な外科医がいた。
 なんと世界で初めて全身麻酔による乳癌摘出手術を成功させた、あの華岡青洲である。
 全国から集まった1861人もの門人を教育し、麻酔薬「通仙散」の原料となったマンダラゲは、日本麻酔学会のシンボルマークとなり、和歌山県立医科大学の校章ともなっている。
 青洲の一生は、患者の苦しみを思い、医術のことだけを考える毎日であった。患者家族に見せた厳しい姿勢は、医療には限界があり、ありのままの結末を受け入れる覚悟を説いたものとされている。

 自分の最期のさいごは、「人事を尽くして天命を待つ」と言い切れるような医療環境に居れたら本望である。

(2014年3月28日掲載)
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(2014年4月4日掲載)
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(2014年3月28日掲載)
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(2014年3月14日掲載)