オピニオン

末期がんのボーカリスト

 車いすで登場したボーカルの男性は、「舌が無いけど歌います」と、呂律の回らない言葉で宣言して声に力を込めた。彼は、ステージ4の口腔底がん患者。やせ細った体でベースを弾き、1曲歌うごとに酸素を吸入、途中ステージにへたり込みスタッフに背中をさすられる場面もあった。それでも彼は、再び立ち上がって歌を届ける。3000人のお客さんで満員となった会場は、彼らの音楽で大いに沸いた。
 発覚した段階で、がん細胞はリンパにまで転移をしていたという。手術で舌の80%を切除し、放射線治療を受けたが、半年後に再発。現在は、放射線治療の副作用で起きた「顎骨壊死」と、全身に回っている恐れのある再発のリンパ腫と共存しながら生きている。 原因不明の副作用で顔が2倍ぐらいに膨れ上がっていて、見た目は全くの別人だ。その上、右目が見えなくなってきているという。さらに舌を切除したことで声の発声がままならないだけでなく、顎に開いた数か所の穴から声が漏れてしまうそうだ。
 関係者の男性は、「正直、今日のイベントでは歌えないと思っていた」と呟いた。ライブの時以外は、医療麻薬を投与しながらほぼ動けない状態だという。今、ステージで歌っている彼は、まるでこのままステージで死んでもかまわないとばかりに、動いて、笑って、弾いて、歌っている。「どれだけみっともない姿を晒しても、自分にできることはこれだけだ」と、まるで人生そのものを奏でているような気迫が渦巻いていた。
 最後は、共演した氣志團や銀杏BOYZらのメンバーと肩を組みながらアンコールに答えた彼。その姿は、少なからず多くの人に勇気を与えたはずだ。



(2019年11月8日掲載)



前後のオピニオン

市場はどう見るか
(2019年11月15日掲載)
◆末期がんのボーカリスト
(2019年11月8日掲載)
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(2019年11月1日掲載)