メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
温泉禁忌症、今昔物語
 
   だいぶ寒さが増してきて温泉の魅力がぐんと迫ってきた。
 温泉の効能といえば、まずはリラックスを基盤に、皮膚病やら神経痛、筋肉痛などの各種疼痛疾患、さらに消化器病などと色とりどり。
 そこへ最近、糖尿病患者の動脈改善効果という新顔が加わった。通常のサラ湯との比較で、初めて有意差を認める研究成果が得られたのだ。
 経皮的に温泉成分である二酸化炭素や硫化水素、或いはラドンなどが吸収され、血管に効果的に作用することが認められた。
 日本医師会発行の日医ニュースが報じたもので、回復期リハビリテーションを主とする病院での成績である。
 わたくし事だが只今、境界型糖尿病という病態にある。
 たまには温泉に浸かりに行こうか、と思ってみたが・・・。なんと毎日10~20分の入浴を120日間という長期継続が必要と解って断念。
 温泉旅館の大浴場の壁には、多くの効能を発揮する各種適応症を表示しているが、同時掲載の「禁忌症」にも注意が肝要である。
 そんな中に「妊娠中」もあったが、それほど心配はいらないということで32年ぶりにその文言が削除されたりしている。
 がん患者の温泉利用についても紆余曲折が。
 がむしゃらに仕事を続けてきた人が突然がんの宣告を受けた。残り少ない人生をせめて温泉に入ってノンビリしようと考えた。だががんは代表的な温泉禁忌症、勝手気侭な行動は取りにくい。
 そもそもは、明治19年に時の内務省が編集した日本鉱泉誌誌上にある次の様な記載。
 「肺結核、肺炎の末期、癌腫のような全治を期待できない者は自宅で静養するのがよい。却って命を縮める」とあり、温泉地に行くことを実質的に禁止している。
 昭和18年になっても「胃や腸等の悪性腫瘍は温泉地へ送ってはいけない」とある。
 ようやく最近は小改変があり「活動性の結核、進行した悪性腫瘍、高度の貧血など身体衰弱の著しい場合」となった。
 つまり、がんでは全身状態が良好な場合には問題はないということだ。
 温泉入浴は、がん患者の肉体的な調子ばかりに目を向けるのは片手落ち。心のケアにとっては極めて有効な手段である。
 自然環境から受けるここち良い刺激に、生体の自然治癒力が反応してくれる。本来の近代医学的思考も十分取り入れる必要があろう。

(2016年1月15日掲載)
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(2016年1月29日掲載)
◆温泉禁忌症、今昔物語
(2016年1月15日掲載)
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(2015年12月25日掲載)