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最近、産婦人科医が折角決めた自分の進路に嫌気がさし、特に若手に転科の傾向がはっきり見られ社会問題化しつつある。てっきり、分娩件数が減って商売のうまみがなくなったからか、と思いきや、理由はまったく別のところにあった。 分娩件数は確かに大幅に減少しているが、何よりも庶民の分娩に対する思い入れが実に慎重、その強い熱意ぶりが大きく作用を及ぼしているらしい。個々の分娩をこれまでにも増して重要に考える社会ニーズの高まりが、産科医へ肉体的にも精神的にも強く大きくのしかかっているのである。 患者側の権利意識は昔とは比べようもないくらい高まっており、少々のミスを見逃さない厳しさが増している。結果、産婦人科領域におけるトラブルは、他科に飛び抜けて多く、全医療訴訟件数中最大の30%を超える状況にある。 アメリカの動静はさらに一段と大きなスケールで眺めることができる。しかも早や半世紀も続く傾向なのに一向も落ち着く気配がない。「医療過誤危機」が1次、2次、そして3次と医療界は揺れに揺れている。 アメリカ社会持ち前の何でも訴訟により賠償金はうなぎ昇り、当然、保険料の増額も止まるところを知らない。賠償金を支払いきれない保険会社は、撤退せざるを得ず、ドクターサイドとしても保険料を払いきれず、転科を余儀なくされたり、他州へ逃げ込んだりする非常事態が起きたりしている。州によっては賠償金に上限を設ける特別法を制定。さらには、お産時の代表的トラブルの1つある「低酸素脳症」に「無過失補償制度」を設けて対応を図る。だが一朝一夕にはなかなかうまくいかず、現在50州中20州で極めて深刻な状況にあるというからただ驚くばかりである。 こうした国内外の産科医を巡る厳しい状況が、若手医師に敬遠されるのもやむをえないところか。医学生のときにせっかく産婦人科を志望しても、基幹病院で体験しているうちに、厳しい負担に耐え切れず、転科を考えてしまうのが現状である。 現在の産婦人科領域は60歳以上の医師が約3分の1を占め支えとなっているが、若手医師が続かなければ当然、お産医療は立ち行かなくなる。 当面の対策としては、分娩施設の集約化を早急に進めるべきであろう。それが救急に対する負担軽減にもなる。もしこれを軽視するようなことがあれば、何かとアメリカナイズされる傾向の強い日本としては、アメリカ並みの超難渋事態を体現する危険を覚悟しなくてはなるまい。
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