メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
医師のコミュニケーション力
 
   命をまかされる医者といえども、ペーパーテスト能力と最小限の医療処置テクニックさえ身に付けば、なんとか格好はつく。だが、昨今は、コミュニケーション力のない医者は失格だ、とされる厳しい見方がでてきた。
 患者の目をしっかり見つめ、話を聞き、そして的確な説明ができる医者がいま果してどれほどいるか。患者の訴えをうまく受け止められなければ、まるで空回り、悪循環もいいところである。
 いま、暴言・暴力モンスターの異常発生が社会問題化しているが、噛み合わないコミュニケーションがその大きな一因となっていることは確か。
 医師の卵、医学生のコミュニケーション力養成のために「模擬患者」を活用した「医療面接」が、最近活発に実施されるようになった。これまでは「問診」と称して、医師主体の会話が中心であったが、それを患者主導型に改める。医師は共感の態度を示し、患者から必要な情報を的確に引き出すことが基本となる。
 大学病院等で自然発生した「患者の会」等がボランティアとなって、熱心に医学生のスキルアップに力を注いでいる。患者役は高度な訓練が必要で、シナリオ通り十分理解を深め、均一な演技に徹しつつ、医師と適切な受け答えができなければならない。
 そして、最大の詰めは医学生に対する評価。適正でなければならず、その責任は重い。
 医療面接の中では、生死に関わる重大な告知、例えば“がん告知”等では、医師、患者共その緊張は極限に達する。
 「治るんですか」「死ぬしかないんですね」
 切実に迫る患者に、医師は慎重に応える。
 「全力を尽くし、生を全うできるよう心からサポートします」
 すばらしい受け応えのようだが、ここでは「生を全うできるように」の表現が問題。まさに「死の宣告」そのものであり、病名告知初日に言うフレーズではないとされる。
 相手の気持を思いやる言葉のかけ方は難しい。アメリカのドクター国家試験では、患者が横たわる時、やさしく声をかけながら手を貸すという動作が評価項目に含まれているという。
 コミュニケーション力の違いで、診療の展開がガラリ異なることを、医師も患者も十分わきまえなければならない。

(2008年9月5日掲載)
前後の医言放大
救い難い新型のうつ病
(2008年9月19日掲載)
◆医師のコミュニケーション力
(2008年9月5日掲載)
基礎医学の軽視
(2008年8月22日掲載)