メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
ベテラン医師は最善たりえず
 
   いつの頃からか“EBM”という言葉が突如でてきて、またたく間のうちに日本医療界を席巻してしまった。
 経験主義にとらわれず「科学的根拠に基づいた医療」を大切に、という至極ごもっともな主張。医療界はこれを全面的に受け入れ、各学会会場ではやたらと“EBM”が飛び交い、結果、研究論文にもその文字が乱舞するようになった。気が付けば、EBMなしでは夜も明けない医療界に様変わりしていた。
 しかし、ここへきて何か様子がおかしい。どんなに激しい恋心であっても、時間が経てば“ちょっと一服”てなことがあるように、さしものEBMも一時の勢いが薄らいできたようだ。中には、相当強い調子でEBMに一定の距離を置こうとするオピニオンも徐々に増えてきている。
 EBMは科学的であることが大命題であり、データ至上主義をモットーとしている。それに基づいて治療上のベースとなるガイドラインが作られ、ほとんど強制的に従わされることになっている。
 だがそんな中でも、ベテラン医師の一部には「患者は個体差に基づいた治療が大切」と考え、そうした機会が結構多いのだと主張、マニュアル医療に強く反論する人も。
 “経験”か“マニュアル”か、ハーバード大の教授が大変興味深いことを発見、発表した。
 世界中の論文62篇を分析し「ベテランドクターほど治療ガイドラインに従わない」というまとめを引き出したのである。そういうベテランドクターに対して、対象論文の7割以上が批判的で「科学的根拠に基づく現行のデータに対して知識の低下が見られる」と実に手厳しくベテランを牽制する。
 更には「知識を常に更新する努力が必要」と迫り、経験に依存し過ぎてはいけない」と重ねて苦言を呈す。
 要は、ベテランドクターといえども、常に現代医学の趨勢を見極め、それに持ち前の経験力を上手に上乗せする。そうしてこそ、味わい深い最善の医療が実現できるということであろう。

(2011年9月16日掲載)
前後の医言放大
汚染牛肉とポテトチップス
(2011年10月14日掲載)
◆ベテラン医師は最善たりえず
(2011年9月16日掲載)
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(2011年9月2日掲載)