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「ここで命を落とすかも」 人間強い恐怖感を覚えると、その精神的ショックはトラウマ体験となっていつまでも日常生活に暗い影を落とし続ける。 「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」は、世界各地で悲惨な軍務に携わっているアメリカ軍人に極めて症例が多い。彼らは退役軍人医療センターなどに入院し、早期復帰を目ざし療養を続ける。 PTSDは、日本でも阪神大震災発生時より急激に大きく注目されるようにもなったが、とにかく、アメリカではベトナム戦争を大きなきっかけとして次第に注目が拡大している。 さまざまな治療法が研究されてきたが、最近、特に評価の高まっているものに「長時間曝露法」(2種)がある。 その一つが「イメージ曝露法」で、トラウマ体験場面を無理に想起させ、体験を繰り返し語らせることで馴化を促す技法である。もう一つは「実生活内曝露法」。日頃、患者が生活の中で避けようとしている状況に徐々に近づかせ馴化を図る。 こうして、これまで20年以上も薬物療法や精神療法でラチのあかなかった長期患者を、みごとに改善に導いている。 トラウマという言葉は、昨今、一般的に気軽に使われるようになってきているが、実際、心に深く傷を負った当事者の内面の苦悩は、簡単に言い尽くせるものではない。 JR福知山線の大事故からもう3年も経った。だが、これは単に一般の社会的時間の経過に過ぎないのであって、からくも助かった被害者からすれば「時間はあの時から止まったまま」なのである。これがトラウマの本質というものであろう。 阪神大震災で心に傷を受けた41才の男性の例。〈ひどい状態の遺体をたくさん扱った。今でも遺体が並ぶ様を思い出す。夜間、自分が瓦礫の中で苦しんだり、自分が引っ張りだした遺体の顔が出る夢を見るようになった。寝るのが恐くなり、夜中はあかあかと灯りをつけて過ごした〉 これがまさにPTSDと診断される典型的な症例である。 恐怖体験の記憶がなかなか頭から離れないのはとにかく大変。だが、それからいつまでも逃げていたのではラチがあかない。アメリカで成功している曝露法の研究は、直接向かい合う強い姿勢が、真の再起につながることを教えてくれている。
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