メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
“疲労”を客観的に捉える
 
  「疲れたー」
 熱帯夜続きでは、一晩休んだところでとても体力回復なんてままならない。
 厚生省の調査によると、国民の過半数(6割)が何らかの疲労を訴えているという。疲れたとはいっても、翌朝はケロリという短期回復型なら何ら問題はないが、お疲れ人間のほとんど(3分の2)が、半年以上も疲労感の続く慢性疲労症候群的感覚を訴えているとなるとことだ。もはや、こうなると正式に国家的課題として手を打たねばなるまい。
 就労者の能率は上がらず、下手をすると過労死の心配にもつながりかねない。仕事上のミスは増えるだろうし、医療界ではそのミスが貴重な命をも奪いかねない。
 うつ病、自殺等々諸々の関連事項を考え合わせると、疲労をベースとした国家的損失ははかりしれない規模となる。
   疲労は不規則な食事からくる栄養不足や睡眠不足等から派生する一種の病態であるが、その医学的正体については厳密には解明されていない。「アイツだいぶ疲れているようだが、ズル休みっぽい感じがしないでもない」などと人は勝手に想像する。疲労感はあくまでも本人の主観的なものであり、客観的になかなか捉え難いのだ。
 「疲れるとヘルペスがでて困る」なんてことをよく聞く。ヘルペスは、以前に感染して幸い治ったと思っても実はジッと体内に潜伏してしまう。そして疲労が積み重なったりすると、とたんに増殖し突発性発疹を現したりする。
 そこで、疲労状態とヘルペス活性度とのこの深い関係を利用して、客観的に疲労度を測定できないか、と研究者は考えた。
 ヒトヘルペスには8種類のウィルスがあるが、研究目的に沿うものとしては、6番目の〈HHV6〉が最適なウィルスとして選ばれた。
 8種類の中で特に有名なものは、単純ヘルペスウィルス1型といわれるもので、日頃は三又神経節に潜伏していて、いざとなると口唇ヘルペスとして活性化する。いうまでもなく、過労や寒冷、感冒等が引きがねとなって発症する。
 検体としては、唾液が用いられ、HHV6の濃度を定量的に測定して再活性化を数値として検出する方法がとられた。
 こうして、これまでは主観的でしか捉えられていなかった疲労という存在を、定量的に把握することに成功したのである。これにより、「サボリ屋かも知れない」というあらぬ誤解から正しい方向へ解放する手段にうまく生かされることになるかもしれない。いやそれだけではなく、疲労の仕組みそのものにメスを入れるものとしても価値が高まる。
 更なる研究推進により、国家的課題が少しでも究明され、解消に向かってくれることを祈りたい。

(2005年10月28日掲載)
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(2005年11月11日掲載)
◆“疲労”を客観的に捉える
(2005年10月28日掲載)
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(2005年10月7日掲載)