メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
難治うつ病に電気刺激
 
   うつ病に対する薬物療法は、新規有用物質の開発もあって、長足の進歩を遂げた。だが、有効性向上の反面、副作用としてかえって自殺念慮を高めてしまったりして、現状まだまだスッキリとはいっていない。
 ストレスの渦巻く複雑高度情報社会のまっ只中で、重症うつに苦しむ人が後を絶たないが、今年のアメリカ精神医学会で耳よりの朗報が発信された。
 進化した脳電気刺激療法が極めて高い寛解率をあげている、との公表で、医師のみならず患者・家族等に高い関心を呼んでいる。
 電気けいれんと聞くと、30年程前の映画「カッコーの巣の上で」で見せつけられた残酷で歪められたイメージが沸いてしまうが、現在はガラリ様相が違う。改良に改良が重ねられ、安全性と有効性がまるで一新されたのだ。
 学会場では、20年間もうつ病と闘い続け、そして、この電気療法と巡り合い、ついにその悩みから解放された一有名人の体験発表がチョー反響を呼んだ。約20年前民主党公認で大統領候補となったデュカキス氏の夫人による熱弁は、医師に対してはもちろんのこと、一般市民の認識を高めるのに大いに貢献した。
 多施設共同研究の成果も同時に2つ公表され、その新しい1つは重症うつ病患者394人のうち86%が寛解(06年まとめ)、もう1つは、290人対象で55%が寛解(01年まとめ)となっている。共に、抗うつ薬で治療した状況に比べ良好な成績であると認めている。
 電気刺激という一見乱暴な手段は、これまでイメージが悪く、適切な医学教育もされていないため、最後の治療選択という偏見をもたれていた。しかし、最新のテクニックは画期的に安全性を向上させており、積極的に取り上げられて決して不都合はない。
 かつては、頭部だけでなく全身もけいれんさせていたため、骨折という思わぬハプニングも発生した。だが、新方式ではけいれんは頭部だけであり、骨折のリスクは消えた。
 患者は全身麻酔され、筋弛緩薬を投与される。脳に1分間のけいれんが起こるが、筋弛緩状態にあるため、体部はけいれんせず5分~10分後に目をさます。全て夢の中のできごとで、患者の精神的ストレスは少ない。
 週3回で、通常合計6~12回実施される。重症うつ病が、わずか数回で著しい改善がみられることがしばしばあり、実に驚異的である。
 脳電気刺激術の開発が急速に進歩し、異常な脳機能の原因となっている神経回路が特定できるようになったことが、今度の大きな成果につながっている。
 磁気を利用した新しい脳刺激手技も鋭意研究されており、その実用としての登場も待たれる。いずれ到来するうつ病第2位の時代を何とか撃退しなくては。

(2008年2月8日掲載)
前後の医言放大
危険行動の誘発
(2008年2月22日掲載)
◆難治うつ病に電気刺激
(2008年2月8日掲載)
赤ちゃん男女比率騒動
(2008年1月18日掲載)