メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
ダウン症児が産まれるかも
 
   1年前、妊婦からの採血だけで、胎児がダウン症であるかどうか、99%の精度で判定できる画期的検査技術「新型出生前診断」が新聞一面で大きく報じられ、国民的関心事となっている。
 高齢出産が一般的になってきた現在、ダウン症の子どもが出生する機会が増してきており、関心を呼んだのは当然であろう。
 我が国では、これまでに遺伝問題がこれほど大きく取り上げられたことはなかった。それも、日本人は白人や黒人と違い、常染色体劣性遺伝病が、極めて少ないからという事情によるものであろう。
 白人は、のう胞性線維症の保因者頻度が20人に1人とかなり高く、また黒人は鎌状赤血球症の保因者頻度が10人に1人と異常に高い。
 従って、西洋諸国に於ける公衆衛生行政としての遺伝病対策の必要性は、我が国とは比べものにならないほど大きい。
 そんな日本ではあったが、今回のダウン症を巡る問題で、自分が障害児の親になるかもしれないというリスクの存在を知らされ、不安が広がったのである。
 自分の子が「ダウン症」としてこの世に産まれてきた時、母親としてだけでなく、夫も兄弟たちも、そして祖父母も巻きこんで、家族の悲しみや狼狽は想像を絶する。
 しかも多くは先天性心疾患を合併することが知られており、中には自閉症もあり肥満や高コレステロールと厳しくつき合うことも約束させられる。そして親はいつまでも生きていられない現実がある。
 その不安を血液検査を受けてなんとか取り除いておきたいと考える親がいても何ら不思議はない。その診断を研究している施設に、短期間で数千件の問い合わせが集中した。
 現在、人についての詳しい遺伝教育は、小学校はおろか医科大学に於いても決して万全とはいえない。
 今度の採血検査で、精度99%から派生する陽性の的中率には大変大きな課題があり、陽性と判定された場合でも、本当にダウン症となるのは20%程度と推定されている。せっかく授かった子どもを、親とすれば産むか産まざるか、実に悩ましい現実的「命の選別」という問題に直面する。
 こうなると親の苦悩は図り知れないほど大きく、遺伝学のカウンセリングが絶対必要となってくる。
 出生前診断のニュースが先行しブームとなったが、それに付随する遺伝学教育、カウンセリング実施体制の構築が大いに急がれる。

(2013年9月6日掲載)
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(2013年9月20日掲載)
◆ダウン症児が産まれるかも
(2013年9月6日掲載)
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