メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
逆境が生んだ“脱病院”奇策
 
   人口1万人の街に、突然、逆境が訪れた。
 CTやMRI、そして救急病院もなく、まさに医療面も大ピンチ。
 だが、なんとそんな苦境に喘ぐ中で、死亡率をガクンと減らす奇跡が生まれた。07年の財政破綻で、一躍、全国から同情の目が向けられることになったあの夕張市がその立役者だ。医療改善に向けた革新的取組みのガンバリが、今、全国から大変な注目を浴びている。
 夕張の市立総合病院が廃されることとなり、かわりに小規模な有床診療所がひっそりと開設された。ベッドは171床から19床にまで激減した。そんな苦難な状況の中で、市民の健康が維持され、それどころか、癌や心疾患、肺炎等死因の上位を占める重篤疾患による死亡率を、みごと激減させてしまったのである。
 市の医療行政推進者たちが考えた基本手段・秘策は、予防医療の徹底にあった。ベッドがないのだから、病人を作らないようにしようという当然の理屈だ。
 その1つに「ピロリ除菌」と「上部消化管内視鏡」の励行による胃がん予防があり、2つ目として「肺炎球菌ワクチン」と「口腔ケア」の励行による肺炎予防がある。
 ピロリ感染による胃潰瘍・胃がんのリスクは広く知られており、その除菌と内視鏡によるチェックで、早期胃がんの段階でことなきを得ている。結果、胃がんによるかつての死亡率が標準よりはるかに高かった(2006年時134)のが、2010年時には91にまで激減した。
 一方、肺炎についても、2006年の125から2010年時には96と減少、大きな成果を挙げている。
 こうした成功は、市民が病気或いはベッドへの依存・呪縛から脱却し、病気を予防する生活習慣等のスベをみごと勝ち得たことを意味し、それを自覚できたことは実に心強い。
 全国的に医師不足で、公立病院の縮小、閉鎖があい次ぎ、そこの住民は声高に反対運動を展開している。だが、これらの地区は、高齢化率日本一の夕張からみたら、まだまだ恵まれているのではないか。
 そこはCTもMRIも、そして救急システムもゼロというわけではないであろう。夕張では、経済逆境から生まれた革新的知恵が、今、医療福祉面で大きくものをいっている。脱病院どころか脱医療さえめざせるパワーを感じさせる。他地区でも大いに参考とすべき工夫と頑張りである。

(2013年2月22日掲載)
前後の医言放大
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(2013年3月8日掲載)
◆逆境が生んだ“脱病院”奇策
(2013年2月22日掲載)
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(2013年2月8日掲載)