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人の癖や特徴をうまくつかまえて、良かれ悪しかれ“あだ名”が付くことは常にあること。その呼び方がズバリ的を得たものであればあるほど認識率は高まろうというもの。あだ名を付けるということは、実に重宝なネーミング法であり、その対象は人に対してだけではなく、医学界に於いても、特に難解な用語に対してはしばしば気軽に活用される。 サッカーの有名選手で、海外で大変活躍している高原選手が、「肺動脈血栓塞栓症」に突然罹患し、日本代表からはずれる、という報道が以前あった。まるでチンプンカンプンで、これをまず「エコノミークラス症候群」とやさしく云い換え、さらに、長時間のフライトにより狭い座席内でチンマリし過ぎていると、脱水状態、血液粘度増大等により、まず足に血のかたまりができ、それが肺動脈にとんで詰まってしまうことがある、と丁寧に説明されて、なんとなく理解しやすくなった。 更に、「ジェット症候群」とか「旅行者血栓症」等と懇切丁寧に云い添えてくれると、ナルホドナルホドと一層理解が深まろうというもの。 その後、この病名を飛行機とは全く縁のないところから、つまり新潟大地震被災地から突然聞くことになる。高原選手の時の基本知識があったお陰で、狭い車内で避難生活を長時間続けていると同じ症状が…と適確に推理できるようにもなったわけである。 その直後「精神科でエコノミー症候群、4人死亡」というショッキングな見出しが新聞紙面を賑わした。実のところ、この疾患は飛行機や車の中などよりも、医療現場で発生することの方がはるかに多いのである。しかも、入院時の疾患とは無関係な医原性の要素の強い問題として、関係者の間では大変な課題となっているしろものなのである。 精神病患者は突然死を含めた死亡率が一般よりもかなり高い。著しい精神運動の興奮のため、隔離室で薬物による鎮静や物理的な身体拘束を行うことも多く、当然、脱水、血液粘高稠による血栓が発生しやすくなる。 コウソク(拘束)はコウソク(梗塞)のもと。拘束は極力避けるべきだが、やむを得ない場合は一定時間毎に開放するなど、患者本位の工夫が絶対必要とされる。 先の新聞報道では「氷山の一角」と、鋭い指摘もされていたが、精神病院特有の闇の部分を考えると、ついつい“その通りかも”という疑いももってしまう。 ここでは隔離室でよく見られるということで「隔離室症候群」或いは「精神運動興奮後血栓症」という別名が付いているほどである。認識を高めるネーミングとして、あだ名は極めて解りやすい表現法である。
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