メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
敢えて雑音を聴く
 
   耳鼻科の外来で、極めて多く見られる症状の一つに「耳鳴り」がある。それほど多く悩める人がいるというのに、未だにスカッと収める治療法が確立していない。せいぜい心理的苦痛を和らげ、なんとか普通の生活が営めるよう頑張っているにすぎない。
 その治療法の1つで、最近よく行われるようになったものに「耳鳴り再訓練法」がある。
 世の中には種々雑多な音が入り乱れているが、その中で必要な音については、人間の脳はこれを自動的に判断し、意識に上らせる働きがある。
 従って、危険を知らせる必要な音については、大脳辺縁系が反応し、不安、いらいら、怒りなどとなって意識し、自律神経系に影響、緊張、動悸、冷汗等の具体的な身体反応となって出現する。
 そこで、耳鳴りというものを、自分にとって危険な部類の音と判別するか、或いは不必要な音と判断するかが、極めて大きな分岐店となる。
 不必要な音であれば意識に上らないですむが、実際に耳鳴りで悩んでいるほとんどの患者は、脳の中に大脳辺縁系と自律神経系の悪循環回路が、きっちり形成されているとみられている。
 となると、この回路を弱めることができない限り、耳鳴りの治療の道はひらけてこない。
 治療の柱として、いま最も重要な要素を占めているのが「指示的カウンセリング」である。要は、耳鳴りというもののメカニズムへの理解を深めつつ、その対処法を学び、不安を徐々に取り除こうとするものである。
 もう一つの重要な柱が「音響療法」といわれるもの。敢えて雑音を与えることにより、耳鳴りの感じ方を弱める。実際、補聴器型の雑音発生器が使用されたりする。耳鳴りの大きさを超えることなく、長時間聴いても不快にならないことが条件となる。
 耳鳴りと共に、特に加齢現象として現われる耳の障害として「難聴」がある。健康な耳は2万ヘルツまでOKだが、30代ともなると1万6千ヘルツ以上は聞こえにくくなる。
 この現象を利用して、コンビニにたむろする若者が撃退されたりしている。
 難聴は“聴きたくない”音や話を都合よく排除してくれるメリットもある。
 耳鳴りは、重症ケースではうつ状態や不眠等で生活に支障をきたすこともある。「耳鳴り」か「難聴」か、といわれたら、ちゅうちょなく「難聴」を選びたい。

(2009年3月27日掲載)
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(2009年4月3日掲載)
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(2009年3月27日掲載)
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