メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
医療の常識否定本の影響
 
   きのうの常識が、きょうはもう通用しない。めまぐるしく進化する現代では、たとえ命にからむ医療の世界でも例外ではない。
 それが端的に表われた一例として、日常一般的に行われている医療の常識を、真っ向から否定してみせる書籍が、目先をかえて次から次と出版されている。本屋によっては特設コーナーを設けるほど結構多くの人に読まれている。
 確かに興味深い点や、共感できる点がないわけではないが、明らかに言い過ぎではないかと思われる点が少なからずあり、その功罪については十分吟味する必要がありそうだ。
 読者のほとんどについては医学的にシロウトであり、こうした一般市民への大きな社会的影響力を考えると、一方的放置は絶対あってはならない。
 実際、治療中の患者が否定本に書いてある通りストレートに実行して症状悪化を来し、医家に駆けこんだという例が多々発生しているようだ。
 例えば、否定本に「降圧剤は一切飲むな」と書いてあったので飲むのを止め、それまでせっかくうまく血圧管理できていたのを台無しにしてしまい、脳梗塞を発症した例など、服薬の突然中止例が多く見られるという。
 がん検診を全面否定している点も受診率の上がらない大きな原因の1つとなっている。
 否定本の指摘で、患者が幸せを得ることにつながるなら大変結構なことだが、逆に不利益になるとしたら、その責任は重い。
 商業出版ということで、書かれている内容を信じる信じないは読者の勝手ということでは、問題があっても、出版者も著者も責任を負う必要がない。なんともスッキリしないはなしである。
 市場原理主義のもと、著者の積年の不満や不信のはけ口として、読者心理が踊らされている感じがしてならない。
 歯がゆい思いをもってながめている良心的医療関係者が多数いることだろう。社会的影響力を持った否定本を、ただじっと静観するのではなく、国民に正しく啓発する手段、方法が何かしらなくてはバランスを欠く。
 医師会或いは医学会等の組織が、自らの重大責務として取り組んでもらえたらありがたい。

(2013年9月20日掲載)
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