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昔、徒弟制度の下では、傑出した名人の一挙手一投足を一瞬たりとも見逃すまいと目を凝らし、弟子は自らの腕を磨いた。 現代の医療制度下でも、技能向上のための本質は少しも変わらない。ある病院で、ある治療技術がえらく優れていると評判になれば、そして間違いなく高い生存率を収めているとなると、他の施設はその治療システムをそっくりまねることで自らも好成績を挙げようとする。 昔は直接見て盗んでの現場主義の世界であったが、現代はコンピュータがある。だが、見本となるべき肝腎の手技手法がインプットされておらず、登録統計処理もされていなかったら、誰も参考にしようがない。 いま医療界で、特に日本が世界の先進国のなかで大変恥ずべき状態にあるのが、「がん登録」の信じられないほどの遅れである。代表例として挙げるならば、がん治療の総本山ともいうべき国立がんセンターにおいて、疾病、病期別に網羅的、継続的データが登録されていないという現実があり、この電子時代に実に不思議でならない。 医学は急速に進歩しているものの、がん治療については確かに未だに各施設とも四苦八苦の状態にある。そんな中でもこんな前向きな意見がある。「生存率を少しでも高められた施設の技術を、他の施設が参考にできて、結果、同様の成績を実現できたら5年生存者が年間数万人増える」と推定する。 がん登録システムは先進国に30年遅れているといわれ、マゴマゴしているうちに隣国韓国が長足の進歩を果たしわが国を平然と追い抜いていった。 よく各学会等には、超大物などと呼ばれる学者ボスが君臨し、将来を見誤る不適切な発言があったりすると、思わぬ方向に進んでしまうことがある。コンピュータ登録の重要性がついつい疎かにされた背景に、そんな反省がないともいえないようである。 アメリカでは、がん登録作業を行う専門の“腫瘍登録士”が約5000人もいるというが、日本ではわずか50人が育成されたに過ぎない。 日本は経済に限らず、医療に関しても世界をリードする大国と自負していたが、この不明には医療界にある全ての人が恥じなくてはいけないのでは。厚労省をははじめオピニオンには遅ればせながら起死回生の秘策が期待される。 今となってはコンピュータ登録の重要性に対する理解が何よりも優先される。それによって1日も早くがんをはじめとする諸疾患の生存率が格段に高まるよう期待したい。
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