メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
ヒトとマウス・治験の種差
 
   「これはものになるかも」
 薬の開発に当たり、基礎的なスクリーニング作業で可能性を見出せたものは、次に実験動物マウスなどにより有効性、安全性を確認する。そして、いよいよヒトへの投与テストとなると、安全性についてはトビキリ注意を払う。
 こうした過程を慎重に踏み固めていけば、正常人ボランティアによる臨床第一相試験で、小さな副作用はともかく、生死に関わるような大副作用はまず起きないはず。
 だが、最近ロンドンで、世界中の開発研究者を震撼とさせる極めて重篤な有害事象が発生した。
 点滴投与直後は頭痛等の軽症副作用にすぎなかったが、12時間後は一転、サイトカイン・ストームと呼ばれる急変により、肺水腫、腎不全、血管内凝固等が次々と出現した。ICUでの懸命な治療により、治験者6名全員はなんとか九死に一生を得ることができた。
 ヒトとマウスの種差の違いをあらためて思い知らされ、世界的大論議を呼んだ。
 だが、結局は当たり前の認識を固めるしかなかった。つまり「患者保護の重要性を一層強調するものの、薬品開発の手は止めることはできない」と。開発上の宿命としてみなさざるを得ないという辛い決断である。
 一方、全く偶然であり皮肉なことに、同種の物質でありながら大成功に発展したケースがあった。共にヒト化モノクローナル抗体という仲間で、成功例の方は眼科領域で大ブレーク、「ベバシズマブ」なんて舌を噛みそうな名で大活躍中である。
 患者の多い糖尿病網膜症では、眼内に新生血管が発生し、その破綻により出血が起きたりする。また、いま話題の加齢黄班変性等に対して、劇的な効果を発揮し、大変なモテモテぶりである。
 驚くのは、この薬剤がそもそもは悪性腫瘍に対する分子標的薬として一次開発されたものだということ。つまり、予定外の第2効果が、今や主役として大活躍することになったのである。
 最近では、かって世界的に大センセーショナルな薬害で名をはせた鎮静・睡眠剤「サリドマイド」が、ハンセン病治療薬として、また、多発性骨髄腫に対する貴重な治療薬として重要な存在価値をみせつけている。
 薬剤の開発には大変な苦労を要するだけに、一旦開発され、なんとか使用できるようになったものは、単独にしろ併用にしろ、新たな薬効を見つけ出す努力も極めて大切な仕事となる。

(2008年12月12日掲載)
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新世代性感染症の脅威
(2008年12月26日掲載)
◆ヒトとマウス・治験の種差
(2008年12月12日掲載)
低検診率が治療術を高めた!?
(2008年11月28日掲載)