メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
ニコチン依存性生活保護症候群
 
   精神障害者に愛煙家の多いことは古くからよく知られている。だが、どういうわけか、彼らに対して積極的な禁煙指導の介入のないまま、いわゆるネグレクト(無視)状態が続いている。
 たとえ病室でプカプカ喫っていても、医療者からは公然と見過ごされているケースが多い。なぜか国際的な共通姿勢でもあるという。
 ニコチン依存症はレッキとした精神疾患。にもかかわらず、治療どころか、黙認ないし助長さえ伺えるのはなぜか。
 こうして精神病院に長期入院していたために出来上がってしまったニコチン依存症は、いわば「医原性難治性ニコチン依存症」。自我機能が低下し、環境依存性が高くなるための当然の結果である。
 こんな異常事態が長期続いていたが、ようやくいくつかの病院が、最近、敷地内禁煙を宣言し、これまでの悪弊から脱却する方針を打ち出した。遅きに失した感無きにしもあらずだが。
 近年、精神科医療は優良医薬品の開発もあって、入院状態から解放され外来にて投薬管理するケースが目立って増えてきた。
 精神科外来患者数は、99年は170万人であったが、02年には224万人に、05年には268万人と増加している(厚労省統計)。
 そこでますます明瞭に表面化してきたのが、生活保護受給患者の高喫煙率異常実態である。東京武蔵野病院の外来調査では、生活保護受給者の喫煙率はなんと73%にものぼり、非受給者の16%と驚くほど大きな隔たりを示した。
 生活保護受給者は、日中時間をもてあますことが多く、ついついタバコへ手がいく。喫煙がさまざまな関連疾患を発症させ、就労をますます困難にし、自立のチャンスを奪うという悪循環を生んでいる。こうして「ニコチン依存性生活保護症候群」ができあがってしまうのである。
 喫煙精神科患者が、生活保護を受ける大きな理由として、1年間のタバコ代が1人当たり約11万円(値上げ前試算)の浪費があげられている。結果、生活保護費中、総合して年間約430億円が煙と化しているのである。
 税金を財源とする生活保護費が、福祉本来の趣旨とは異なる使われ方をしているのは大きな矛盾であり、実に憂うべきことである。

(2012年1月27日掲載)
前後の医言放大
医療以外に偽薬効果的活用
(2012年2月10日掲載)
◆ニコチン依存性生活保護症候群
(2012年1月27日掲載)
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(2012年1月13日掲載)