メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
胎児に成人病の芽
 
   今や世の中右も左もメタボリック。TVでは、お笑いタレントでさえ「メタボ、メタボ」と大ハシャギ。こうして、実際に食生活が改められ、身体活動性も高まれば何も言うことはないのだが。
 我々は物心がつきはじめると、やれ生活習慣病だ、メタボだなどと健康にも目が配られるようになるが、実は「それではもう遅い。成人病になるかならないかは、生まれながらにもうほとんど決まっている」という、それはそれは恐い理論が発表されたのである。
 遺伝要因以外の誕生前の要素として、「成人病胎児期発症説」が、いま世界的に俄然注目を浴びだした。
 生活習慣がほとんど同様に成長した人でも、出生時低体重であればあるほど、糖尿病や高血圧を発症する割合が多いという疫学調査がベースとなっている。一定レベルに限られた遺伝素因をはるかに超えた研究成果だから信頼性は高い。
 「21世紀最大の医学学説」と高評価され、提唱者バーカー氏は、栄養学分野のノーベル賞ともされる「ダノン国際栄養学術賞」の栄に浴している。世界中の研究者が強く支持し、より詳細に研究を進展させてもいる。
 糖尿病や高血圧のみならず、虚血性心疾患も、出生時体重が低いほど死亡率が高いことも明らかになった。ついには3百近くも疫学調査が進み、さまざまな生活習慣病、成人病の類が、胎児期の低栄養と密接に関連していることが裏付けられた。
 第2次世界大戦末期に、ナチスがオランダ西部住民を苦しめた事件「オランダの飢餓の冬」でも、この傾向は明らか。
 昔から「小さく生んで大きく育てる」なんていう風潮が、さももっともらしくはびこっているが、実はこのキャッチアップ育児方法は極めてリスクが高く、誤った考えであることを、我々は肝に銘じなければならない。
 日本はいま少子化問題の火中にあり、“1人でも多く”という方向には熱心に目が向けられているが、残念なことに、低体重児の割合が急増していることには気付いていない。
 恐ろしいのは、この傾向が先進工業国の中で日本が群を抜いて高いという現実だ。次世代の健康が著しく阻害され、お先真っ暗という夢のない日本の未来を示している。
 悲しいことに、具体的な対策が目に見えてこないこの段階で、世界の専門家からは「今後、日本は成人病が最も多発する国」と指摘されている始末。
 激やせファッションモデルを美の極致と崇め象徴としている過剰ダイエットブームなどに対しては、早く何とか適切な手を打たなくてはならない。

(2007年9月14日掲載)
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(2007年9月21日掲載)
◆胎児に成人病の芽
(2007年9月14日掲載)
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(2007年8月31日掲載)