メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
美しい調べの影で
 
   スポーツに、芸術に、精一杯楽しめる秋がやってきた。アスリートの筋肉の鍛え方は実にダイナミックであるが、音楽家も鍛える体の部所は違えども、時間的に、また熱意の面においても、時にアスリートを凌ぐほどの努力を日夜積み重ねている。毎日数時間の練習を何十年間も絶え間なく。
 当然筋肉への負荷が高く働き、アスリート同様の運動器疾患を発症させる。ある調査では、6割以上のピアニストが練習によって身体に痛みの発症した経験があると回答している。
 よくあるのは腱鞘炎だが、その他不自然な位置に手を置いたまま反復動作を行うため、神経の損傷による手根管症候群を発症する音楽家が少なくない。
 バイオリニストやチューバ奏者などでは、胸郭出口症候群という音楽家ならではの疾患を発症させるケースがしばしば報告されている。
 音楽家の疾患としては、このような整形外科領域の疾患が、これまでよく知られていたが、近年は、脳神経疾患も多数発生しており大変注目されている。
 代表的なものとして、局所性ジストニア、振戦、慢性疼痛炎などがある。
 局所性ジストニアとは、筋肉の拘縮や不随意運動、姿勢異常などを引き起こす特異的疾患である。
 ピアニストとギタリストは主に右手指に、弦楽器奏者は左手指に、管楽器奏者は唇及び手指に、声楽家は声帯に、と発症部位は専門楽器により異なる。
 発症率は表面的には極めて低いが、イギリス研究者の報告では、有病、有症者の比率は、交響楽団では76%、音楽科の学生で43%と極めて高い数字の報告もある。
 身近なところでは、自衛隊音楽隊員を対象とした調査で、疼痛を訴える者の割合が56%を占めていたとの報告も。
 治療法は、ボツリヌス毒素の罹患筋への投与や非侵襲脳電気刺激法など大変苦労する。
 欧米では、音楽の歴史も古く、音楽家専門のクリニックがQOL改善、向上に大いに寄与している。
 我が国は、残念ながらまだまだ手探りの状態で、複雑化する特有疾患のケアのために、より専門的診断、治療技術の向上が要求される。

(2015年11月6日掲載)
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(2015年11月6日掲載)
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