メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
“運動”は最良の抗加齢薬
 
   日本が世界一の長寿国の栄に浴し続けることは、誠に喜ばしいことに違いないが、問題はその前門に構える健康寿命の存在にある。
 両者の差約7年間がベッドの上ということでは何ともうら悲しい。本来最も輝かなければいけない晩節を、何の尊厳もなくただ呼吸をしているだけの植物人間では話にならない。
 とにもかくにも、健康寿命を限りなく平均寿命に近接させてこそ、初めて真の長寿国家として世界の範たりえるのである。
 健康な高齢者を、ある日突然ベッドに引きずり込むきっかけとなる最もたるものは、転倒等による大腿骨頸部骨折である。年間約10万人もがその不幸にみまわれており、このおきまりコースは何とかして食い止めなければならない。
 最近、アメリカで閉経後の高齢女性6万人余を対象に、骨折リスクと運動量との関係が調査された。12年間という長期大規模調査にもとづく統計解析であり、わが国の老人健康対策にも大いに参考になる。
 その要旨は「週に4時間以上のウォーキングをした人は、週に1時間未満の人に比べて41%も大腿骨頸部骨折のリスクが下がる」というもの。“運動”がもたらす各種疾患の予防効果として、骨折以外にも、脳血管障害、心疾患等に対しての有用性が明確に証明されている。
 高度な医療が受けられるようになった現代では、手っ取り早く薬剤に頼ってしまう傾向が強い。たしかに、それらは迅速で高い治療効果が得られやすいが、いつでもどんなケースに於いても補償されるものではない。時には極めて有害な副作用にあうこともありうる。
 また、ハーブ製薬等を利用した代替医療に高額な費用がかけられたりしているが、とてもそれに見合った効果が得られていないケースも多々生じている。
 更には、加齢現象を遅延させるために、最近男女を問わずホルモン補充療法に多大な関心が集まっているが、リスクの心配が厳しく指摘されてもいる。
 男性にとっては、テストステロンが加齢による精力減退を甦らせると一時期待されたけれども、極端な欠乏症以外では何ら意味のないことが判明している。また、女性のエストロゲン療法にしても然り。抗加齢効果より乳がんリスクの高いことが問題になってきている。
 高度医療技術、或いは最新薬物療法は否定できないが、偏重はいけない。糖尿病や高血圧症の患者が運動療法を徹底することで、急に症状が好転し、それまで長年服用していた薬を一切ストップできた、という話はわんさとある。
 運動、とりわけ高齢社に取り組みやすいウォーキングは即実行して決して損はない。

(2006年7月28日掲載)
前後の医言放大
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(2006年8月18日掲載)
◆“運動”は最良の抗加齢薬
(2006年7月28日掲載)
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(2006年7月21日掲載)