メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
横綱の病気
 
   横綱朝青龍騒動がいつまでもネチネチと収まりがつかない。腰と肘がひどく痛いからと、本場所同様大切な興行とされる地方巡業を、病欠申し立ての舌の根も乾かぬうちに、大きく腰をひねってキックし大笑いしている言行不一致を、完璧にビデオに撮られてはもういけない。以降なんとも歯切れの悪い苦悶の日々が続いている。
 本来の役目を回避したいがため、自分自身を有りもしない病気に仕立て上げてしまう偽造、或いは捏造する行為を「詐病」或いは「虚偽性障害」という。ついでにいうと、これを更にタチ悪くしたのものに「ホラ吹き男爵症候群」というのもある。
 さて、相撲の歴史を振り返る。横綱といえば、まずまっ先に思い浮ぶのは双葉山。
 天下無敵の大横綱・双葉山とて人の子、人並みに悩みもするし病気もする。当時満州への巡業の最中、アメーバ赤痢に罹ってしまった。高熱と粘血便が続く中、それでも双葉山は考えた。
 「横綱が欠けては楽しみにしてくれたファンに申し訳ない」
 フラフラになりながらも気力を振り絞って土俵入りの勇姿を披露し続けた。何度もなんどもやり通し、もうヘトヘト。ようやく帰国しても、しばらく体力は回復しなかった。
 そして、春場所。
 「無理だ、休場した方がいい」という周囲の声にも耳をかさず双葉山は土俵に立った-“横綱の面子”を重んじて。
 結果、負けた。瞬間69連勝がストップした。もし、赤痢罹患が判明した時点で、適切な治療をし、しっかり休養していれば、おそらく70、80の連勝大偉業が達成できたかも知れない。
 双葉山は6才の時、友だちの吹き矢で左目失明という不幸にみまわれている。片目が不自由では当然のこと立体視が得られない。
 それがため立ち会いは自分の方から相手にブチ当る基本戦法はとれず、いつも受けて立つ、まさに横綱四ツ相撲そのものの姿があった。178cm124kgと相撲取りとして決して大きな身体ではない。それが又ファンの絶大なる人気を勝ち取るベースでもあった。
 翻って、朝青龍は健全な視力、自らブチかます有利な立会いが可能である。現代相撲では、この立ち合いの一瞬が勝敗の行く方を大きく左右する。
 朝青龍に今後大横綱への道があるとすれば、正々堂々勝って勝って勝ちまくることである。つまらぬわだかまりを早く払拭して、国技としての誇りを思う存分世界にアピールして欲しいものである。

(2008年3月7日掲載)
前後の医言放大
ここで命を落とすかも
(2008年3月21日掲載)
◆横綱の病気
(2008年3月7日掲載)
危険行動の誘発
(2008年2月22日掲載)