メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
7年連続3万人超
 
   自殺をなんとか思い留まって欲しい、という主旨の映画「樹の海」が全国公開されている。決して行政や医療専門家の手によるものでなく、民間の手作り作品である。それだけ自殺が社会全体の重い課題に成長し居座ってしまったことを意味するのであろうか。
   かつて、自殺者数と交通事故死者数とは妙に近接し合い、次元の低い争いをしていたものだが、今では完全に勝負がついた状態。自殺者は交通事故死者の4倍をはるかに超える程の大差がついている。(04年3万2325人:7358人)
 両者共死の寸前には多くの危険な場面が存在する。自殺行為を実行しても未遂に終わる人は少なくとも死者の10倍いるといわれザッと30万人。こうしたケースでは法則的に、更に10倍、つまり300万人の潜在的な自殺予備軍が控えているというから確かに大変な問題である。
 そして見過せないのは、自殺行為者の周囲に及ぼす悪しき波紋。自殺の既遂、未遂に関係なく、その件数1件1件について、それぞれ強い絆のある5人に対して極めて深刻な心理的ダメージを与えるということである。
 遺された人が大なり小なり心身のバランスを乱されるのは当然であり、時には新たな自殺の危険をも発生しかねない。特に家族の思いは深刻であり、同僚、同級生、知人にも故人とのつながりが深ければ深いほど強いダメージを与える。
 1人の自殺行為が複数の自殺を連鎖的に引き起こす現象があり「群発自殺」と呼ぶが、決してあり得ないことではなく、学校、病院、職場等での若者が、その危険対象となる。
 故人と強い絆のあった人々に面接し、自殺に至った背景を探る方法を「心理的剖検」というが、それによると、自殺者の精神科受診への抵抗度が極めて高いことが解る。よしんば病院に受診していたとしても、内科を中心にほとんどが専門外であり、自殺のサインを見出せなかったのがつらい。
 となると、身近にいる者の認識が重要になってくる。「自殺したい」などと打ち明けられた時にどう対応したらよいのか。ここで適切に対処できれば自殺志願者を1名救えることになる。
 まず基本は、彼の信頼に応えひたすら「傾聴」に徹することだという。批判しない、激励しない、話をはぐらかさない、そして意外なことに、自殺を話題にしても自殺の引き金にならないということは承知しておきたい。
 こうして、最終的に専門家にバトンタッチできれば最善である。7年連続3万人超と高止まりしている自殺を減少させるには、官民一体となった社会全体の強い関心が必要なことはまちがいない。

(2005年9月23日掲載)
前後の医言放大
病気はお天気次第
(2005年9月30日掲載)
◆7年連続3万人超
(2005年9月23日掲載)
がんは外来で
(2005年8月26日掲載)