メディカル・エッセイスト 岸本 由次郎   
 
医言放大 一生30年間の睡眠(1月号)
 
良眠の準備は朝から
 
   スイッチOTCの一般大衆薬として、注目の睡眠薬が新しく世に出た。日頃睡眠に不満をもつ人は手軽に入手できることになり、予想外の売れ行きを示しているという。
 今や不眠症は国民5人に1人とか。完全に国民病の1つとして妙な羽振りをきかせている。話題の新薬はそれなりに効果もあり、睡眠障害者にとっては藁にもすがる思いで買い求めた方も多かろう。その気持に水をさすつもりは毛頭ないが、全くの無償で、これ以上の有用性は考えられないという最高の睡眠薬のハナシをしてみたい。
 さて、快眠を得るための重要な条件として2つあげたい。その1つは、十分なメラトニン量。夜間に尿中のメラトニン量を測ってあまり増えない人には良眠は期待できない。もう1つは、メリハリのある体温リズム。夕方その日の最高体温を迎える体温は、ベッドインに向って徐々に下がり始め、深夜最低体温となる。朝方徐々に上がり始め目覚めを迎える。この幅が一定以上ないと良質の睡眠は得られにくいのだ。
 睡眠医学の急進展は、この2つの条件が“光”によって調整されていることをつきとめた。我々は腕時計の他に、常に脳の中にも25時間制の特製の体内時計を備えており、主に光によって24時間制にリセットされているのだ。
 終日家の中で過す老人の室内の明るさは、通常150ルクスという低さであり、これではメラトニンも体温リズムもお呼びではない。
 光と体内リズムを研究している松下電工の最新の研究設備では、なんと2500ルクスという、一般住宅の16倍強もの光を、午前2時間、午後1時間照射することで最高の睡眠条件を確保、という実験成績を得ている。
 不眠患者の治療のため3000ルクスの人工光を、一日2~3時間、4週間照射するコースがあるが、光とうまく付き合うことが良眠に如何に大切なことかよく理解できる。
 「起床時、カーテンを一杯に開けて、朝の光を思いきり浴びよう」というスローガンがよく叫ばれるが、良眠確保のためのスタートが、朝起きた時から既に始まっていることに我々は十分配慮しなければならない。
 光に当たることが大切だとは言っても、夕方以降の光との付き合いは注意が肝要。就寝前、室内を必要以上に明るくして過すのは避けなくてはいけない。折角日中の光によってリセットできた体内時計の針を逆回転させることになりかねないからだ。
 夜、ネオン輝く街にでかけて、またコンビニに入って、1000~1500ルクスもある明るさの中で長時間雑誌を立ち読みするなんてもってのほかである。
 眠りの準備は朝始まっている。昼その条件確保ができたとしたら、夜ベッドインの前に乱してはいけない。


(2005年1月14日掲載)
前後の医言放大
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(2005年1月28日掲載)
◆良眠の準備は朝から
(2005年1月14日掲載)
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(2004年12月24日掲載)