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かつてイギリスは、社会保障制度の充実を目ざして「揺り籠から墓場まで」という超有名なスローガンをかかげた。生まれてから死ぬまで安らかな生活を保障してくれるというのだからこんな幸せなことはない。世界中の人々が“うらやましい”と思ったのは当然である。 だが、そのイギリスの医療が大揺れにゆれている。各国が羨望の眼差しで見つめていた宣言が、今単なる幻想にすぎなかったと云われても致し方ないほどの困乱状態にある。 イギリス国民はそれぞれがプライマリドクターなるものに登録させられており、その判断を経ないと二次診療は受けられない仕組みだ。しかもその専門医受診は現状平均4か月待ちというから極めて窮屈である。入院も3か月以内に入院できるのは7割に留まり、20人に1人は1年以上も待つという有様。余程気を引き締めてかからないと待機中に死亡てなことにもなりかねない。 医療費の高騰は日本の比ではなく、病院は予算を削られ、診療費を節約するためベッドの閉鎖を余儀なくされ、最近17年間でベッド数は3分の2に落ち込んでいる。 手術の病院側からのキャンセルも多く、先天性心疾患で手術の必要がありながら6回もキャンセルにあった乳児がついに死亡という事件は社会問題にもなった。ブレア首相が一次的にテコ入れしたが構造欠陥は立て直しようがない。 入院期間が長引く重症患者が受け入れを拒否されたり、診療費のかかる慢性患者が敬遠されたりする姿は、とても日本の実情からすると理解できない。 日本とイギリスの医療費支出、或いは医師数を比較して、それほど大差がないという事実が不思議に思えてくる。つまり、GDP対比医療費は日本が7.2%、イギリス6.9%であり、人口千人当たり医師数も19人対18人と接近している。日本の医療従事者の過酷な労働力が、大量の患者をうまくさばききっているということなのか。そんな日本をWHOは世界最高級の医療レベル国と高く評価してくれている。 現在、日本で時に医師過剰という声もきかれる。とんでもない、逆だろうという思いが私のいつわらざる気持。医療の進化・高度化は、人類に大変な貢献を果した。今後期待される移植技術、救命救急医療、そして新生児医療等を本格的に進めるためにも医師の増員は必要不可欠なことである。また、医師の過労死を招いている事実、そして多くの医療事故を発生させている背景などを考えると医師不足の原因が明確にみえてくる。 先進国の失敗を反面教師として正しく学び取り、先進国のかかげた立派なスローガンを我が国がもし曲がりなりにも実現できるとしたら、こんなに素晴らしいことはない。
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