メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
飼い犬(又は猫)に手を咬まれ
 
   犬や猫による咬傷は、一般的には“あまがみ”などといって軽症で済むことが多い。だが、相手は犬畜生の部類、加減できずに、時にはガブリということも。
 感染症発症は、犬ではせいぜい10人に1人か2人にとどまるが、猫の場合は10人中8人感染したという報告もあり侮れない。
 猫咬傷は、創部の挫滅は少なく、一見きれいにみえるが、猫の歯は長くそして鋭いため深部に達しやすく、感染を起こしやすい。
 特に、糖尿病や肝疾患等基礎疾患のある人の場合は重症化しやすく、死に至る例もあるくらいだから慎重に対応しなければいけない。
 動物咬傷の治療現場では「きのう元気で今日ショック」なんていう表現があるくらい敗血症性ショック死のような危険が潜んでいることを常に念頭に入れ、決して軽視してはならない。
 創部からは、多い場合16種もの菌が分離された例もあるほどで、悪臭を伴う浸出液のある場合は、嫌気性菌感染の手がかりとなり、それ用の除菌治療が必要となる。
 手の咬傷の場合は、関節周辺の傷により骨髄炎や化膿性関節炎を高率に合併しやすい。手の関節が不具合になっては大変なので、その可能性が強く疑われる場合は、早めに専門医の治療を仰ぐ方がよい。関節に痛み或いは可動域に制限がある場合は、猫に咬まれたぐらいでなどと安易に考えてはいけない。
 極めて稀なこととはいえ、人間界の争いで「ヒト咬傷」が発生することがある。これは意外にも動物咬傷より感染率がはるかに高く、受傷時、即徹底した創部洗浄、そして抗菌薬投与を考慮すべきである。
 ヒト咬傷には「咬みつき傷」と「握り拳傷」とがある。共に相手の歯が当たって受傷するため、中手指節間関節周囲が障害を受けやすい。
 一般的傾向として、ほとんどは傷が小さいこともあって、ハレや痛みがでるまでしばらく放置しておくケースが多く、十中八九が感染症成立後に受診するというパターンとなっている。
 こうなると、病原体が思いのほか創部深く侵入していて重症化し、入院するケースが少なくない。少々咬まれたぐらいで慌てないあわてない、といきがるのは禁物。なにより咬傷は感染拡大等に対する予防処置が極めて大事であることを、日頃より強く認識しておきたい。

(2012年7月9日掲載)
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(2012年8月3日掲載)
◆飼い犬(又は猫)に手を咬まれ
(2012年7月9日掲載)
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(2012年6月15日掲載)