メディカル・エッセイスト 岸本由次郎  
 
医言放大
 
健康を狙って健康を害す
 
   日本人は健康の追求が大好きである。「健康のためなら命なんていらない」なんて妙ちきりんなことを云ったりもする。お陰で健康食品市場は軽く一兆円を越えるほど大規模に成長、この勢いはしばらく止まりそうにもない。
 ブームを支える火付け役は、まずもってマスメディア健康番組に於けるおべっかにある。甘い舌先に乗せられた庶民は、放送終了後我れ先に店頭に走る。うかうかしていると、スーパーやドラッグストアはすぐに品切れを起こす。仕入担当者は常に健康番組から目が離せなくなるのである。
 話題に取り上げられる健康食品のほとんどは、多少の誇張はともかく、格別に問題はないとしても、中には明らかに首をかしげざるを得ないものも。信頼に足る医学研究報告と大きなギャップを見つけると、過激なご推奨に対してついつい義憤を感じてしまうことになる。
 最近の例でいえば、コエンザイムQ10と云われる補酵素。今はやりのエビデンス(科学的根拠)に基づく信頼性に対して、国内外の研究機関から多大の疑問がなげかけられているのである。
 何よりも人体での臨床的証拠がないという指摘はあまりにも重々しく、世界的権威機関の一つ、米国心臓協会(AHA)は「有効性が証明できず、有害な可能性もある」と明確に断定、ヒトに安易に勧めるべきではないと結論付けている。
 我が国でも久留米大が各種実験を通して、「メタボリックシンドロームの重症度や動脈硬化の進展に伴い、Q10の体内濃度はむしろ上昇している」と述べている。結果、ここでも健康食品として安易に使用すべきでないと警鐘を鳴らしているのである。
 健康食品に対するこうした情報提供は、本来一般市民にとって極めて必要不可欠なことであるが、残念ながらマスメディアの力強い一方的な推薦と較べたら話にならない。ただ静かに、医学誌紙上で「ライバルはみのもんた」などと犬の遠吠えの如く叫ぶしかないのである。
 いつの頃からか「サプリメント」という言葉がやたら出回っているが、不思議なことに今のところ専門語句としては、日本医学会や文部科学省、或いは南山堂の辞典類に掲載されておらず、明確な定義がない。但し、欧米ではしっかりと法的な定義がされている。
 商品の姿が錠剤やカプセルの如く薬剤的で、いわゆる食品の形態ではないため安易に摂取しやすい。過剰摂取や別途服用中の薬剤との相互作用等、予期せぬ副作用をもたらす可能性があり、取り扱いには相当な注意が肝要である。
 健康のために努力していたつもりが、ある日うっかり命を奪われてしまった、なんてことにならないようしっかり自己防衛が必要である。

(2005年7月29日掲載)
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(2005年8月5日掲載)
◆健康を狙って健康を害す
(2005年7月29日掲載)
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(2005年6月24日掲載)