メディカル・エッセイスト 岸本 由次郎  
 
医言放大(11月前半号)
 
ゲテモノ食い
 
   日本を世界一の長寿国に導いた最大の功労者は食生活にあり、ということで、日本古来の伝統食メニューがアメリカの有名博物館に殿堂入りを果したことは大変有名な話である。
 そんな鼻高々な和食ではあるが、その影に実は大変恥ずかしい“食性”を日本人は持っている。何でもかでも生で食べてしまう、いわゆる“ゲテモノ食い”“いかもの食い”という困った習慣があるのだ。外国人なら絶対口にしないようなものを敢えて食べてしまう変人が決して少なくないということだ。
 沈着冷静になれば決して手を出さないであろう危険な女のあやしい魅惑につい誘われ、結局は奈落の底に突き落とされる好き者のようなものである。オイシイゾとせまる奇妙奇天烈な悪魔の囁きのようなものが聞こえてきてつい手がでてしまう。
 鳥や牛のレバーを生刺しで平気で口にしてしまう日本人は、海外の料理店に足を踏み入れると、生食好きのジャパニーズが来たとばかりに、海、河の魚を見さかいなく刺身にして供す。現地では普段全く見られない特別の歓待料理として。そして、帰国するや、顎口虫等の寄生虫症で七転八倒することになる。
 海外旅行者が、やれワニを、ネコを、サルの脳ミソを食べたなどといって自慢することがあるが、知識人の端くれとしては絶対真似をしてはいけない。ヘビ。生は特別オイシク精力剤にもなる、というのがいか物食いの言い分。アマガエル。美声によいと飲み込む人あり。サワガニ。ジューシーで甘くオイシイとか。クマ肉。刺身をルイべと呼び、結構多くの人が好んで食す。ドジョウ。のど越しの独特な感触と、胃の中で苦しんでもがく踊り食いの魅力がなんとも言えないという。
 その他、イノシシ肉やフナの生食にしても肺吸虫や肝吸虫等の寄生虫感染の心配があり、本来は避けるべき野蛮行為である。
 寄生虫症は、現在では有用性の高い薬剤がそろっており、それと診断がつけばそれほど怖がることもない。ただ厄介なのは「幼虫移行症」である。
 幼虫移行症は消化管に寄生せず、臓器を渡り歩くものだから、検便しても虫卵が見つからない。こればかりは特効薬がなく、虫が次どこへ行くのか、不安な日々を送ることになる。手術で取り出すのが唯一の治療手段だが、これがなかなか困難を窮める。
 予防は単純にして明快、ゲテモノ食いを一切やめることである。それでもどうしてもというのなら、敵は熱に弱いから完全に火を通すことだ。・・・生の魅力はなくなるが、ゲテモノ食いのムードだけは残る。


(2004年11月12日掲載)
前後の医言放大
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(2004年11月26日掲載)
◆ゲテモノ食い
(2004年11月12日掲載)
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(2004年10月22日掲載)