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年をとって足がヨレヨレに弱ったとしても,チョイとアクセルを吹かしブレーキを踏めばことが足りる自動車の利便性は、とりわけ高齢者にとっては欠かせない存在である。 そんな重宝この上ない自動車ではあるが、加齢に伴う視機能低下による一瞬の見間違いが、時には取り返しのつかない大事故につながりかねない。それだけに、シルバードライバーは自らの視力管理に特段の関心を払わなくてはならない。水晶体に混濁が生じ視覚障害となる゛老人性白内障"は、日常生活においても極めて不便をもたらすものであるが、その運転者による自動車事故発生リスクは極めて高いことが明らかにされている。 自動車王国アメリカでは、車に依存する高齢者が多く、付随して心配なことは65才以上の高齢者の約半数に白内障が認められるという現実である。だが有難いことに、手術がその心配をみごとに救ってくれている。つまり、白内障と診断され手術を受けた群の約5年間の事故発生率が、非手術群の約半分におさまっていたのである。 この研究で特に興味を引いた問題がある。非手術者の、運転に対する一種の歪んだ自信である。「あまり支障を感じない」といきがるのだが、実際、手術群より事故が2倍も多いという現実をみれば、明らかに自信過剰であったことを認めなくてはならない。逆に、視機能の低下を十分自覚し手術に踏みきった現実主義者は、危険な状況を冷静に把握し、事故リスクを着実に低下させたわけであり、賢明な選択であったと評価される。 白内障の手術は、日本では年間10万件以上実施されている。水晶体吸引術、眼内レンズはもちろんのこと、手術顕微鏡等機器の進歩により手術法は飛躍的に発展した。実質的な手術時間は僅か15分間と短く、手術創も小さくて済む。通院で手術が受けられる手軽さは、世界一の高齢社会国家日本にとって大変な福音である。 ゛生活必需品"として自動車を簡単に手離せない高齢者は大勢居る。その有難みを少しでも長く享受するためには、例え白内障の診断が下ったとしても、いきがらずに即座に手術を受ける素直さが欲しい。それでも加齢には抗しようもなく、いつかはハンドルから手を離さざるを得ない日がくる。親しくしている先輩H氏は、70才過ぎの運転免許更新時の勧告システムを冷静に受け止め、数十年も続いたハンドル人生からきっぱり手を引いた。「女房がかわりに運転してくれるから」と云ったが、暗く淋しい顔付きは隠しようがなかった。 自分の命のみならず、他人にまで危害を及ぼすリスクの高い高齢者の運転継続については、沈着冷静な判断が要求される。
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