薬事ニュース社
オピニオン

>>>想像力の問題<<<
 認知症の高齢者が起こした列車事故で損害を蒙ったとして、JR東海が患者家族に損害賠償を求めていた裁判で、最高裁は一審、二審判決を覆し、家族の賠償責任を否定する判断を示した。判決は、認知症高齢者を介護する家族一般の賠償責任を否定するものではなく、家族に監督義務があるかどうかは「生活状況や介護実態等を総合的に考慮して判断すべき」との基準を示したものだが、高齢者の5人に1人が認知症という時代も予想されるなか、実際に認知症の高齢者を介護する当事者にとっては歓迎すべき(というより至極当然と個人的には思えるが)判例となった。
 ただ、これで万事解決という訳には無論、いかない。本格的な高齢社会を迎えるのはこれからだし、家族だけで認知症患者を見守ることにも限界がある。国も「認知症施策推進総合戦略」の策定等により対策を強化しているが、最後はやはり地域ぐるみでいかに認知症高齢者を見守るかに尽きるだろう。人間関係の希薄な都市部では特にハードルが高い。
 認知症に限らず高齢化の問題は、想像力の問題だ。誰にでも起こり得る問題であると自身に引き寄せて考えられるかどうか。いまや身近に(知り合いか否かは別として)認知症高齢者を見ない人のほうが少数派だろう。筆者の近所にもいる。名前は知らないが時折、道端に座り込んだりしているのを見かける。声をかけることはないが、近所の人がマメに挨拶をしたりしているようだ。多分、その程度でも随分と違うはず。「健康サポート薬局」などと気張らずとも、薬剤師が地域で果たせる役割も大きいかも知れない。
 ところで冒頭の裁判の話題に戻ると、家族の賠償責任を認めた一審、二審の裁判官、当たり前のように提訴したJR東海関係者などは、自分が逆の立場に置かれたら、甘んじて賠償責任を認めるのだろうか。かつて、「この国には何でもある。希望だけがない」と書いた作家がいたが、いまや「この国にないものリスト」には「想像力」も加えるべきかも知れない。
(2016年3月18日掲載)