薬事ニュース社
オピニオン

>>>絶対主義から相対主義へ<<<
 オバマ新大統領の生い立ちから2人の人物を思い出した。2人とも実在の人物ではない。ひとりはジョー・クリスマス。フォークナー著「八月の光」の主人公で、黒人の血が混じっているかも知れないという出自への疑念故に、黒人社会にも白人社会にも背を向け悲劇的な最期を遂げる。「八月の光」から約半世紀後、スティーヴ・エリクソン著「黒い時計の旅」では、第二次大戦下の祖国アメリカを捨て、ヒトラーのお抱えポルノ作家となる黒人と白人の混血児・バニング・ジェーンライトの数奇な生涯を綴る。2人に共通するのは、アメリカという多人種国家において、もっとも根源的であるはずのアイデンティティを生まれながらに喪失している点であり、そのような境涯を宿命付けられた者に残された選択肢として、自身を相対化するよりほかに生き抜く術はなかった。しかし一方で、相対化された目には、世界の様相は一変して見えたはずだ。唯一の例外を別にすれば、そこには絶対的な価値など存在しない。あるのは、相対的な価値だけ。
 さて、いま、ケニア人の父と白人の母をもつ新大統領の目に、世界はどう映っているか。少なくとも就任演説を見る限り、世界経済を崩壊寸前にまで追いやった市場絶対主義からも、前政権が陥った一国絶対主義からも距離を置いていることは明白だ。世界がこれからも存続するために、絶対的価値の追求から相対的価値重視への転換を宣言した、と読むこともできる。既存の価値観に根底から揺さぶりをかけたわけで、彼が救世主扱いされる所以でもあるが、とはいえ、海の向こうの大統領にしか救いを見出せない国民は絶対的に悲劇的ではある。
(2009年2月6日掲載)