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>>>聖なる酔っぱらいの伝説<<<
 「聖なる酔っぱらいの伝説」は、オーストリア出身のユダヤ人作家ヨーゼフ・ロート(1894~1939)の絶筆となった作品で、作者自身の自伝的要素の強い寓話。主人公は宿なしの飲んだくれ。ある日、奇特な紳士が二百フランを用立ててくれる。返済期限なし。いずれお金ができたなら、礼拝堂におさめてくれればよいという「奇蹟」のような条件。主人公の酔っぱらいはそれでも、借金の一部でも返そうと努力はするのだが、ついふらふらと酒場に吸い込まれてしまう。絵に描いたような酒飲みである。
 厚労省の「飲酒ガイドライン作成検討会」は11月、「飲酒GL」を公表、疾病発症リスクと飲酒量の関係を「数値基準」として提示した。具体的には、純アルコール量換算で、「大腸がん」は「一日約20グラム(週150グラム)」、「高血圧」や「胃がん」「食道がん」に至っては「一日0グラム」、すなわち「たとえ少量であっても飲酒自体が発症リスクを上げてしまう」などと明記した。ちなみに「純アルコール量20グラム」は、ビール500ml缶1本、日本酒なら1合程度に相当するという。GLでは、「数値基準」の捉えかたについて、「これよりも少ない量の飲酒を心がければ、安全であるとまではいえないが、当該疾患にかかる可能性を減らすことができると考えられる」との見方を示したほか、「避けるべき飲酒」として、「一時多量飲酒(特に短時間の大量飲酒)や「不安や不眠を解消するための飲酒」等を列挙し、注意を促している。
 さて冒頭の小説では、主人公に唐突な幕切れが訪れるのだが、それはあたかも作者が自身の運命を予見していたようでもあり、あるいはもしかしたら、望んですらいた最期なのかも知れない。ナチスから逃れパリに亡命したものの、ナチズムへの恐怖に苛まれ、挙句、酒に溺れ、酒で命を落とした。執筆時も酒が手放せなかったといわれ、住んでいたホテルの玄関で倒れ、そのまま帰らぬ人に。文字通り「不安を解消するための飲酒」が命取りになった。「聖なる酔っぱらい」といえば聞こえはいいが、飲んだくれに幸福な結末はないと肝に銘ずべきか。
(2023年12月15日掲載)