薬事ニュース社
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>>>ユープケッチャ<<<
 安部公房の代表長編のひとつである「方舟さくら丸」に、「ユープケッチャ」(同名の短編もあり)、別名「時計虫」なる珍妙な昆虫が登場する。
 「ユープケッチャは棲息地のエピチャム語で昆虫の名前であると同時に時計のことも意味しているのだそうだ。体長1センチ5ミリ、鞘翅目に属し、ずんぐりした黒い体に茶褐色の縦縞が走っている。ほかに特徴らしいものはと言えば、肢が1本もないことくらいだろうか。肢が退化してしまったのは、自分の糞を餌にしているので、移動の必要がないためらしい。消化吸収してしまった残りかすの排泄物が主食では、燃えカスの灰にもう一度火をつけるような心もとなさを感じるが、そこは上手くしたもので食べる速度がひどく遅い。その間に繁殖したバクテリアが養分の再生産をしてくれる。ユープケッチャは船底型にふくらんだ腹を支点に、長くて丈夫な触覚をつかって体を左に回転させながら食べ、食べながら脱糞しつづける」。
 さて、排泄、特に便秘は人間にとって悩ましい問題だが、一般的に便秘予防効果が高いとされる栄養素である食物繊維について、厚労省の「日本人の食事摂取基準(2025年版)策定検討会」は3月に公表した報告書案で、成人1日当たりの理想的な摂取量として「25グラム」という数値を掲げた。これは、現在の食物繊維摂取量の中央値13・3グラムの倍近い量で、かなり野心的な目標。数字の根拠として報告書案は、1日25グラム以上の摂取が各種生活習慣病の重症化予防にも効果的とする研究報告の存在を挙げているが、なかなかハードルは高そうだ。
 いやはや、こうなると、完全自給自足のユープケッチャが羨ましくもなる。「方舟さくら丸」の作中、著者が主人公に「たしかにユープケッチャには、実用以上に人をひきつけるものがあるようだ。完璧に近い閉鎖生態系が傷ついた心をなごませてくれるのかもしれない」などと語らせるのにも、ついつい肯いてしまいそうである。もちろん、著者が創作した架空の虫ではあるのだが。
(2024年4月5日掲載)